第23話


 吾輩は処女膜である。名前は魔王ディグラム。

 以下省略――吾輩とみぅは、春休みの高校に来ていた。


 桜が舞い散る季節に登校した理由は、怪しい恋のおまじないを試すためだ。


 みぅの通う高校には、とあるロマンチックな伝説がある。

 桜が咲く季節、好きな異性の上履きと自分の上履きを五寸釘で幹に打ち付けると二人は結ばれるというもので、伝説というか呪いだが大事なのは結果だから気にしない方向でいこうと、みぅは心に決めていた。


 みぅよ? 本気で信じておるのか?


「あたぼーよ」


 呪いに必要な上履きは、下駄箱から借用済み。

 返却予定はないが、そういう犯行計画なので仕方ない。

 ちなみに鍵はトンカチで壊した。


 そんなワケで、みぅは呪いの伝説がある桜に向かうが、


「あれ、美海ちゃん?」


 だれかに話しかけられて、歩みを止める。

 みぅを呼び止めたのは、明るくキュートな美少女だった。

 同じ教室に所属するクラスメイトで、ロリの生皮を被った貧乳ビッチで、かわいく愛され上手なヤンデレ少女で、いつか事故に見せかけてコロすと誓った、


「なんで、ムラサキがいるのよ?」

「美海ちゃんこそ、どうして春休みの学校なんかに?」


 みぅの宿敵。憎んでも憎み足りない恋敵こいがたきであった。


 部活にも所属していないのに、何を持ち運んでいるのか?

 巨大なテニスバックを背負った、元気なロリ少女が問いかけてくる。


「美海ちゃんは、どうして学校に? 上履きなんて持って」

「ムラサキこそ、春休みの学校にナニしに来たのよ? 上履きなんて持って」


 下駄箱から、イケメン工藤の上履きを盗んだ際。

 みぅは上履きが片方しかないのを不思議に思ったが、その理由はいま判明した。


(このアマ、同じこと企んでやがるッ!)

「まさか、美海ちゃんも上履きと五寸釘で、桜の伝説……」


 ――ガスゥッ!


 重い効果音は、回し蹴りをテニスバックで受けた音だった。

 確死を狙った不意討ちを避けられて、みぅは舌打ちする。


 ――チクショウ!

 ――このアマ、まだ生きてやがる!


「ぐぎぎ、抜け駆け企んでんじゃないわよッ!」

「早い者勝ちだよっ!」

「ムラサキ! それあたしの上履きじゃない!」

「美海ちゃんこそ、わたしの上履き盗んでるじゃん!」


 みぅは工藤の上履きの片方と、ムラサキの上履きの片方を持っていた。

 ムラサキは、工藤の上履きの片方と、みぅの上履きの片方を持っていた。


 つまり、この二人は。


「ムラサキ! 桜の呪いであたしと工藤くんをくっつけようと企んでるでしょ!」

「美海ちゃんこそ、わたしの上履きと工藤君の上履きを五寸釘で!」


 言い終わるが早いか、みぅは殴りかかる。

 男よけのシルバーリングを脳漿で染めようと、頭蓋の破壊を狙った渾身の一撃。


「死ねぇぇ! ムラサキィィ!」


 対するムラサキは、テニスバックを構えて応じる。


「もけろ! 美海ちゃん、もけろ!」


 乙女の殺意が衝突した瞬間、みぅの拳は燃え上がった。

 ……否ッ!。

 ムラサキが構えたテニスバックが、耳をろうする轟音を伴って炸裂したのだ。


 ニタァァと、ムラサキが笑う。

 ムラサキのテニスバックは、見た目は何の変哲もない革張りのものに見えた。

 

「このテニスバックはね、防爆闘具輸送匣 Rasen Panzerラーゼン・パンツァー


 硝煙かほる、春休みの校舎裏で。

 テニスバックの成れの果てを構えるムラサキが語るのは、誰も聞いてもいない武具の説明であった。


「ラーゼン・パンツァはドイツ語で荒れ狂う装甲Rasen Panzerの意を持つテニスバックでね、田中工務店がスポーツ観戦時の流れ玉から身を守るために開発したの。バッグの外張りに装甲板でサンドイッチされた指向性爆薬と起爆用の圧電素子が埋め込まれていてね、近接攻撃の衝撃で起爆するの。直径6mmのタングステン球が混ざった秒5400メートルの爆風は、近接攻撃の衝撃を和らげるだけでなく、爆風と破片を用いた攻撃に転嫁することも可能なんだよ」

「制服焦げたじゃない! どーしてくれるのよ!」

「さすが超合金ボディーの美海ちゃんだね。ひと掴みの爆薬では殺せないみたい」


 みぅのダメージはゼロ。

 それは、ムラサキも想定していた。

 みぅのボディーは頑丈だ。たかが爆風ごときで壊せるはずがない、

 もはや人外の耐久、女子高生な超人類、ちなみに前世の云々は関係ない。

 だからこそ、


「殺しがいがあるよね……」

「こっちもよ……」

「フフフ……」

「ヘヘ……」


 そう、二人の勝負は殺し合い。

 命をチップに参加可能な、恋する乙女の外道なバトル。



「ブチ殺す!」

「上等だよ!」


 みぅが拳を振り上げて、ムラサキが武具を構える。

 殺意の奔流は砂塵を舞わせ、闘志に陵辱される大気が不可視の旋風を巻き起こす。


「美海ちゃん敗れたり!」


 ムラサキは、焼け焦げたテニスバックを投げる。


「当たらなければ、どうってこ――!?」


 視界を覆い尽くす、テニスバックの向こう側から殺気。

 危険を感じたみぅは、それを緊急回避。


 耳元を掠める鋭い風切り音、地面にざしざしとなにかが刺さる音。


 それは、まるで暴風のような一撃。


「……面白い、オモチャじゃない」


 みぅが言いつつ、振り向いた地面。

 そこにはムラサキの武器から射出された、数十本の五寸クギが刺さっていた。


「どこかの野蛮人と違って、わたしは文明の利器を使うの」


 皮肉交じりの応酬を返す、ムラサキの腕には。

 闘具輸送匣テニスバッグから取り出したであろう、大掛かりな道具があった。


「また変なモン出したわね……」

「えへへ、これは田中工務店製の試製クギ撃ち銃『シュトゥルム・ヴィンド』。ドイツ語で暴風Storm windの意を持つこの試製クギ撃ち銃は、銃本体に内蔵した空気圧縮機コンプレッサーを小型エンジンで駆動させて、空気圧の力で五寸クギを射出する大工道具なの。その威力は、さっき見せた通り――」


 チャキッ――と。

 武具を構えるムラサキは、無駄にカッコよくポーズを決めながら言った。


「まさに暴風が如しなんだよ」

「アホくさ……どうりでテニスバックなんて担いで……まさかっ!?」


 セリフの途中で、みぅは気づいた。


 伝説の桜、恋する呪い、ムラサキが手にした上履き、釘撃ち銃。

 いくつかの要素が集ったとき、単体では意味を成さないピースは、ひとつの結論へと繋がる。


 みぅは叫んだ。


「そいつで、工藤くんの上履きとあたしの上履きを、桜に打ち付けるつもり!?」

「大正解! 安心してサボテンになっちゃえッ!」


 言い終わると同時。

 ムラサキの釘撃ち銃が、五寸クギの暴風を巻き起こす。

 みぅはテニスバックを盾にしてそれに耐え、釘切れと同時に桜の幹へ突撃するも、


「させないッ!」

「キャっ!」


 ムラサキの足払いが、みぅを転ばす。

 地面に倒れた二人は、桜の手前でもみ合う。


 ガシッ、ボカッ


 もみ合いは数分続いたが、やがて収まり、

 二人は言葉を失った。


「……」

「……」


 桜の根元には、イケメン工藤の上履きが転がっていた。

 桜の幹には、乱戦の果てに上履きが打ち付けられていた。


 みぅとムラサキの上履きが。


「これじゃあ、ムラサキとラブっちゃう……」

「これだと、美海ちゃんと恋仲に……」


 二人の乙女は、困惑していた。


 火照った体と感情が冷えていく感触に、心の邪気が晴れてゆく清涼感に。

 二人の間に、もう憎しみはない。

 あるのは、命を掛けて戦った相手に対する敬意と親しみ。

 熱くてほんのり甘酸っぱい、疼きにも似た不思議な感情が湧き上がっ


「あああああーっ!!」

「いやあああーっ!!」


 ラリッたTOKI☆MEKIに、二人のアホは頭を抱える。


 そう、伝説はマジ。効果はバツグンである。


 呪われし情欲に突き動かされる二人は、このままラブに突入してしまうのか!?

 レズ展開っ!? 男がドキドキのレズ展開が待っているのかっ!?


 ……いや、待てよ?


 もしもお前らが、この場でラブったら。

 もしかして――吾輩、破かれて死んだりしないよな?


「んんっ、覚悟しなさい……あっ」

「美海ちゃん……わたし、もう我慢できないよぉ」


 みぅ!? 汝は、なにゆえ喘ぎながら足を開く!?

というか、ムラサキはどうしてぱんつを脱ぐのだ!?


 ヤバい! ヤバい!

 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバヤバヤバい!


 落ち着け! 二人とも正気を取り戻せ!


 ここでエロいことしたら、女同士とはいえ吾輩は死ぬかもしれんのだぞ!

 吾輩が死んだら、みぅも死ぬのだぞ!

 つーか、ツッコまれたら死ぬ!


「魔王はやかましい! ハァハァ……愛に死ぬのも悪くないわ……」

「こけしのストラップ貸して……美海ちゃんを気持ちよくさせてあげる……」


 だれか助けてくれ!

 処女膜の吾輩、こけしに破かれて死にそうである!


 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ!

 もう\(^o^)/オワタ!


 魔王らしく辞世の句でも詠もうかと思った、その時であった。


「おふたりとも、仲が良いようね」


 けだるげな雰囲気、クールな美少女が現れた。

 ウェーブの掛かった黒髪をなびかせて、冷え切った無表情フェイス。

 不健康そうな土気色の肌を持つ彼女の正体は、魔導工学の結集たる勇者殺し。


「篠原さん……んんっ、アソコがジンジンっ」

「鳴瀬さん、苦しい? つらい? 大丈夫よ。私に任せて。今ラクにしてあげる」 


 淡々と言葉を重ねる篠原は、ハンマーと五寸釘を取り出した。

 さらに、みぅの下駄箱から盗んだであろう上履きと自分の上履きを手にして。


 ――カン、カンッ


 みぅと篠原がラブる形で、呪われし桜の幹に打ち付けた。


「これでヨシ」

「良くないわよ! んんっ! 篠原さんのうなじ、すごいセクシー!」

「鳴瀬さん。私は中村さんを含めた3Pでも構わない」

「あたしが構うのよ!」

「美海ちゃん、わたしのアソコがじんじんするぅーっ!」

「鳴瀬さん。ハァハァ、愛し合いましょう」


 勇者殺しの兵器にして、百合変態のゾンビ少女は、みぅに抱きついた。


 勇者殺しの任務が説かれた、あの日から篠原麗子は変わった。

 妹のみりあと同じく、HENTAIに目覚めたのだ。


 みぅに叩きのめされた篠原麗子は、その強さと優しさに惚れたらしい。

 というか、昔から女の子に興味があったそうだ。


 魔導寄生体の性別がどうこうは知らぬが、ひとつだけ言えることがある。


 もうすぐ、吾輩は破かれて死ぬ。


「美海ちゃん……抱いて」

「鳴瀬さん、スキ」

「だぁぁぁ! くっつくな! 張り付くな! 乳揉むな! ンっ、篠原さんいい匂い……ほんのり甘くて酸味のある……まるで死臭みたいなぁ……たす…け」


 みぅ! よく聞け!

 というか聞いてくれ! まだ吾輩も破かれて死にとうない!


 このカオスを乗り越えるには、


「服を脱いで、私と合体しましょ――ゲベッ!? ぁばば……」

「あぁぁんっ、美海ちゃん……篠原さんの頭をハンマーで叩いて……んんっ、脳みそ出てりゅよぉぉ……」

「ハァハァ……脳みそじゃなくてレトルトカレーよ……たぶん」


 篠原麗子は、勇者殺しである。

 限りなく不死に近いとはいえ、ハンマーで頭蓋骨粉砕はヤリすぎではなかろうか。


 まぁ、殺らなきゃ犯られる状況であるが。


「もう限界だわ……あたしは欲しいの……ムラサキの小さなおっぱい」

「わたしも美海ちゃんのDカップと合体したい……あぁ」


 みぅよ。足元を見るのだ。

 ムラサキが投げ捨てた釘撃ち銃があるであろう。


 その燃料タンクに入ったガソリンで、呪われし桜を焼きつくしてやれ!

 呪いの解除法なんぞ知らん! バイキンと同じで消毒しちまえ!

 とにかく、焼き払うのだ!


「さ、さすが魔王軍総司令官……や、やるじゃない、フヒ、ひひっ」


 服を脱いで半裸のみぅは、地面に転がった釘撃ち銃の燃料蓋をパコッと外し、


「カビ臭い伝説なんて……消毒してやる」


 恋する桜の幹に、タンクのガソリンを撒いてゆく。


「上履きで芽生える恋なんて……んっ、いらないんだから!」


 みぅの意図を察したのか。

 ぱんつを脱いだムラサキも立ち上がり、ゲーセンでGETしたライターを。


 ――ポイっ


 放物線を描くライターが、


 ――ボンッ!


 気化したガソリンが爆発。呪いの桜は炎上する。

 情欲が薄れていく。レズな空気が消えていく。どうやら呪いは解除されたようだ。

 たしゅかった……ガチで死ぬかと思ったぞ。

 処女膜だから涙は出ないが、生死の危機を脱してガチで泣きそう。


 処女膜の吾輩が、男泣きしていると。

 呪いから開放されたみぅは、ごぅごぅと燃える桜を眺めて誓うのだ。


「今日のとこは見逃してあげる。でも工藤君とムラサキは絶対恋仲にさせるから」

「恋仲がふさわしいのは、工藤君に愛された美海ちゃんでしょ!」

「あんたも素直じゃないわね。工藤君が好きなら、さっさと告りなさいよ」

「ヤダよ!」

「な、なっ、鳴瀬さん……私と合体しま――っぶおしぇっ」

「美海ちゃん……復活した篠原さんの頭、またハンマーで叩いてる……」

「大丈夫。篠原さんは死なないから」

「でも、脳みそ出てるし……」

「あれはカレーよ。レトルトカレーなの。中辛で間違いないわ……たぶん」

「そうなんだぁ……あとね、美海ちゃん」

「なによ?」

「大嫌い」

「あたしは、ムラサキのこと嫌いじゃないわよ?」

「いーっ! だ」


 頭蓋骨からカレーをこぼした、百合変態な篠原の亡骸を足蹴にしながら。

 二人の放火犯は、互いに背中を向け合って。


  「「――フンッ――」」


 燃える桜を背景に、クソ低レベルな意地っ張りを続ける。


 みぅとムラサキ。

 恋する乙女の戦いは、まだまだ続くであろう。

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あたしの処女膜に転生した魔王が「ツっ込まれたら死ぬ!」とやかましい件について 相上おかき @aiueokaki

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