第34話 事後処理
キサナギの冬眠を受け、パルテノン全体に出されていた避難勧告は解除された。
その時には既に雪は止み、降り積もった雪は氷になっていた。
"雪"が降った理由ははっきりしている。衛星が捉えていたからだ。
死の淵から彼らを救った【神雪】。それは皮肉にも【ゼウス】の爆発が理由だった。
【ゼウス】の爆発により点火した水素は瞬時に酸素と化合し、水素爆発を起こした。そして副産物として大量の水を作り出した。しかし、水は高熱にさらされ瞬時に水蒸気へと姿を変えた。水蒸気は爆発によって温められた空気とともに上昇気流となり上空へあがり、パルテノン上空に居座る寒気と衝突。巨大な雲を形成した。
そこで水蒸気が集められ、水滴となり、重くなった水滴は地面へと降り始める。
しかしパルテノン上空の寒さがそれらを氷へと変えた。
これが【神雪】の全貌である。そして史上初めて観測された雪はわずか10分のうちに消失し、それらはいまパルテノン全体に氷を張っていた。
―――
真銀戦がパルテノンに対する侵攻の犯行声明を出し、対抗のために星間連合軍が到着したのは全てが終わった後だった。真銀戦の戦闘開始から約8時間。逃げ出した真銀戦の残党の掃討が行われ、全ての戦いがようやく終わりを告げた。
そして、パルテノンに平和が戻ったのだった。
支部内は歓喜に包まれていた。
史上初の防衛成功。
そして【神雪】
それら2つの重大史実をどちらも目の当たりにしたことを喜んでいるのだ。
しかし、それとは裏腹に会議室の空気は重い。
1つの机を支部幹部10人が取り囲み、今も書類を片手に事後報告を行なっていた。
副隊長のシーナが議長を務め、その傍らにジョーカーは座っていた。
『被害報告をお願いします』
「はっ!都市の破損状態から述べます。スラム街南北は壊滅状態。復旧には2年ほどかかると思われます。対して中央街はほぼ無傷。冬眠に入ったキサナギの駆逐だけが問題であり、家屋を失ったスラム街の人民がなだれ込むことが予想されます。スラム街の再開拓が早急の目標です。続いて人的被害、負傷者、死者、行方不明者は早急な避難勧告により想定数を下回りましたが1200人に登ります。その大半をスラム街住民、および殲滅部隊員が占めており、彼らの不満を解消するアフターケアが求められます」
中央街が無傷。対してスラム街は壊滅状態。それは仕方のないことだった。全ては外から破壊される。もちろん、それは誰もがわかっており、想定内の出来事だった。しかし、今回、その差は眼御向けられないほどに歴然だった。
なぜ私の家族だけが?
なぜ私の家だけが?
今も支部前には大勢のスラム民が押し寄せ、その不満を訴えている。それにシーナは頭を悩ませていた。
「アフターケアの件ですが、スラム街を全廃棄し、スラム街地域も中央街と同じような構造にするのはどうでしょうか?」
『現実性がない提案ですね。そんな財源どこから出るのでしょうか?』
女性部下が出した提案をシーナが一蹴する。スラム街の統合ははるか昔より議論のなされていた問題であるがゆえに、その実現可能性の低さは明らかだった。
「それは……」
女性部下が言葉に詰まる。
『星間連合側に賠償金を請求すればいい。今回の惨事はあいつらが早く来られなかったことが原因だと主張しろ。そもそも俺たちは緊急要請を侵攻前に出している。言い逃れはさせやしねぇ』
シーナの傍らに座るジョーカーが助け舟を出した。
『わかりました。では会議後にその件について星間連合側と話し合いを行います。続いて軍備の損耗状況を』
「はっ! パルス砲およびその他重火器類はほぼ全てをキサナギに飲み込まれました。残る武器は中性子銃などの小武器となり、我が星の軍備状況は脆弱です。生産が終わるまで星間連合側から武器を借りるのが得策かと、」
男の言うとおり、パルテノンには今や他惑星からの侵攻に備える軍事力は皆無だった。おそらくこれがどこかに知られれば知らぬ大義を理由に攻められる可能性がある。よって、シーナはそれを軍事機密に指定し、一切の口外を禁じた。
『わかりました。議題は以上です。これにて会議を終わります。上がった提案は後で私が話をつけてきますので次回の会議までにそれぞれが出した提案の詳細をまとめてください』
「了解です」
会議が終わり、隊員たちが出て行く。
静まり返った会議室には玲人、浩二、ジョーカー、シーナだけが残った。
空いた席の一つに浩二が腰かけ、それに倣うように玲人も座った。
玲人が聞きたいこと。それは今一つしかなかった。
『ムセイオンはどうなったの?』
いぶかしげに聞いた玲人の発言に、シーナは知りうるすべての情報を話した。
『調査の結果ムセイオンはエリア51に潜伏していたことが判明しています。その上空であの爆発が起きたことを想定すると大気圏を脱出していない限り生きている可能性はゼロでしょう。現に炭化した飛翔船が爆発から4キロ離れたところで見つかっています。中には同様炭化した死体があり、脱出途中であったムセイオンと見て間違いないでしょう』
シーナが淡々と述べる。
ムセイオン、バッカス。
幹部クラスの2人をやったのは実質玲人だった。
しかし、前者はすでに一度敗北を喫しており、後者に至ってはほぼ運によるものであった。
それが玲人の心に亀裂を入れる
本当に復讐なんてやれるの?
僕が?
不安が玲人の心に溢れる。
自信の喪失とはあっけないものだ。いとも容易く人は自信を失い、路頭に迷う。玲人も例外ではなかった。
しかし、その不安をシーナはかき消した。
『この星がいまここに存在しているのは紛れもなくあなたのおかげです。あなたがバッカスを殺さなかったら今頃中央街は消滅しているでしょうし、ムセイオンが死ななかったらまたこんな惨事がどこかで起きているのかもしれないでしょう。あなたが自分に不安を持つのは勝手です。だけれど、この星を救ったのは自分自身で、感謝されているっていう事実を忘れないでください』
どこか説教じみていて、だけれどそれが逆に玲人の心に染み込んだ。
僕が救った星。
僕が救った初めての星パルテノン。
バッカスに届いた刃なら。
やがて"あいつ"にも届くだろう。
『わかったよ』
たった一言。だけれどその一言には多くの感情をはらんでいた。
先ほどまであった不安はもう消えていた。
『それで、次はどうするの? 今回の侵攻に"あいつ"はいなかった。なら"あいつ"がいる可能性が高いのは本拠地でしょ? どうやって見つけるの?』
"あいつ"がいる場所。
つまりは真銀戦本拠地。
星間連合さえ知らない場所。
それを玲人たち4人で見つけるのは不可能に近かった。
だがジョーカーは大声で笑った。
『おいおいレイジ、本拠地なら知ってる奴がいるだろう?』
『どこに?』
呆気にとられたように玲人が問い返す。
『治療室だ』
ジョーカーが席を立つ。
そのあとを玲人が追った。
―――
階段を降りて1階、治療室。
そこには未だに傷の癒えぬ者がたくさんいた。
扉を開けると、団体で入ったのが注目を集めたのか、何人かの隊員と目があった。
治療室に入り、さらに奥へ進み、ICU【集中治療室】へ入る。
そこでは現在、3人の医者が対象者にシーツをかけて手術をしていた。いや、手術と言うよりかは解剖と言った方がいいのか。
入ってきた玲人たちを見て医師が驚いたような顔をしたが、すぐに脇に来るよう案内した。
『その知っている誰かは重症なの?』
おもむろに聞いた。
『重症って言うより、もう死んでるな』
『えっ?』
予想だにしない答えに驚愕の声が口から意図せず漏れる。
死者になった"本拠地を知る者"。誰だかわかるはずもなかった。
玲人が考えている間にもジョーカーは進み、掛けられていたシーツを取る。
そこにはまるで生物とは思えないほど大きい亡骸があった。見るも無残になった姿。
血が全て抜けているのか青白く、今まさに医師によって頭を開かれていたところであった。
そう、手術台に横たわる1つの亡骸。それはバッカスの亡骸だ。
『それで……何をするの?』
思いがけず玲人は聞いた。
『そりゃもちろん、アクセスダイブ【精神潜行】さ』
当然のことのようにジョーカーはそう返した。
バルキュリア侵攻 じょじょじょ @jojojo1121
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