第33話 キサナギ 3

別れた分隊はスラム街の中核部でそれぞれキサナギと衝突した。

分隊化したことにより、防衛戦線作戦は中止され、もう後がない以上隊員たちにも緊張が走った。


その頃、1分隊を任せられた玲人はキサナギとの戦闘中に物思いにふけっていた。バッカスを倒した時、意思に反して満足したからだ。

ナイフが肉を切り裂く感覚。

血が吹き出る光景。

それらが脳内のあのシミュレーションと合致し、"あいつ"を倒したと脳が錯覚していた。

急激に冷めてゆく復讐心。

それに反するように復讐を遂げようとする思い。

心と体がバラバラになろうとしていた。


だけど。キサナギによるこの惨状。

あいつらは両親だけじゃなく仲間の命までもを奪おうとした。

目覚めてから様々なものを自身に費やしてくれた彼ら。

それらを殺そうとするキサナギが生まれた原因である真銀戦。


それが復讐の炎を再びともらせ大きくさせる。

"あいつ"を殺す。

真銀戦を殲滅させる。

自身の生きる目的を明確にし、玲人は前を見る。

前方にはキサナギの群れ。

まずはこれをどうにかしないと奴らには手が届かない。

なら……


『中性子銃でキサナギたちを食い止めます! 出来るだけ多く殺せるように低い位置から撃ってください!』


手本を見せるかのように玲人はうつ伏せになった。

中性子銃は体を貫通するほどの威力を有する。なら上から撃ってキサナギにあたり、地面に被弾するくらいならば地面と平行に撃って多くのキサナギを貫いた方が効率的だ。

加え、多くのキサナギが積み重なり群れを作っている今、キサナギと地面との接触部分を消せばそこに上部のキサナギが落ち、後続がもつれる可能性があった。

玲人が引き金を引く。それだけで数十匹のキサナギが消滅し、正面上部のキサナギが空いた穴になだれ落ちた。


『はやく!』


怒鳴られた隊員らが地に伏せる。反抗的だった隊員の1人が馬鹿げてる、と嘲笑するが、玲人の作戦は理にかなっていた。


『危なくなったら後方に下がります! 近くの冬眠中のキサナギにも気をつけてください!』


撃つ度に2メートルちょっとの量のキサナギが消滅し、そこを埋めるように後続のキサナギがなだれ込む。それが繰り返された。しかし相手は無限に近い。徐々に玲人達は押されて行った。群れが迫るたびに一度距離をとってまたうつ伏せになる。幾度も繰り返したのち、すでに玲人達は中央街外郭まで後退していた。シーナの言う絶対防衛ライン。それがすぐそこまで迫っていた。


『叔父さん! 後はどれくらい?』


『……悪いが全く減っていない。爆発の熱波がスラム街外郭に到着した影響で冬眠から目覚めたキサナギが群体と合流している。正直に言うとさっきより増えているくらいだ。どのくらいかと言うと大体スラム街をすっぽり覆えるくらいだな』


その事実はシーナやジョーカーにも伝えられた。大量のキサナギを殺したはずなのにそれをことごとく無に帰すキサナギの増殖。容易く全員が絶望した。この総攻撃さえ無意味脅威。前線はすでに飲まれ、中線へと移動している。

最前線と前線。その2つを失った現在でもキサナギの大群は数を減らさない。そればかりか増えている。真銀戦との戦いとは違った思いが部隊に広がった。


「玲人さん!退却を!」


隊員の1人がそう叫ぶ。気がつけばキサナギがすぐそこにいた。


熱波が届き、あたりがじわりと暖かくなる。しかし背中からは冷や汗が出ていた。震える手で立ち上がる。顔は青白く、すでに玲人は諦めていた。


『こればかりは無理だよ』


無責任な一言。しかし部隊から反論はない。

それは彼らが同じ思いを抱いていることを意味していた。

涙ぐんだ声が聞こえる。


『あなたがそう思おうとも、それでも私はこの星を守りたい。だって故郷だから』


玲人の声を聞いたシーナが答えた。浅はかな希望だった。当然叶うわけもない。それでもすがりつきたくなるのは、それが理想であったからだろう。


そしてキサナギはジョーカー、玲人率いる分隊の攻撃を受けながらも、その数を維持したまま中央街外郭へと侵入した。


その現実は同時にインカムへと伝えられる。

攻撃力で勝る正面は未だに進入を許さなかったが、ジョーカー、玲人率いる分隊は迫り来る群体になすすべも無く中央街への侵入を許した。

それを受けてシーナ側は中線に最低人数を残し、残りの隊員らを引き連れ左右のキサナギの殲滅へと向かった。


その結果左右に伸びる群体をスラム街中核部まで後退させたものの、その代償に中線は突破され、殲滅部隊全員が後線へと集う中、三方面からの浸食が始まった。


――――


『大気圏で爆発させるべきだったな……』


ジョーカーが後悔を口にした。聞こえるか聞こえないかのその小言は運よく近くにいた玲人の耳に入った。

今現在キサナギの大群は中央街へと入りこみ、家屋や建造物を食い荒らしていた。あれほどまでに美しかった町並みは白い蠢きにおおわれ、見る影を残していない。

中線を失ったことにより、浩二の指示に従って殲滅部隊は形勢を立て直すべく後線に全部隊員を集めた。それにより、シーナ、ジョーカー、玲人の三人が合流した。シーナの指揮の下、殲滅部隊は後線正面に中性子銃の部隊、左右をパルス砲のみで迫り来るキサナギを凌いでいたが、どれも形勢を覆す要素にはならず、時間稼ぎが限界だった。

ついに部下の1人が錯乱し、号泣をはじめた。血肉がはじける音だけが聞こえる戦場にその声は大きく響き渡った。


『やばい、移るぞ』


人の感情はいともたやすく伝染する。

ジョーカーの言う通り、また1人、また1人とそれは伝染し、部隊の士気は瞬く間にそがれ、武器を手放し、最後の時間にふける者、悔やみの言葉を言う者、中央街へと駆ける者が現れた。

絶望は止まることなく殲滅部隊を包み込み、最後の砦であった後線は瓦解した。

それぞれが武器を手放し、散ってゆく。戦意など、もうだれも持ちはしなった。


『逃げるな! まだ戦え!』


体調であるジョーカーのその言葉ももはや意味をなさない。もう戦場に戦おうとする者はいなくなった。

かくして後線には20名弱の隊員が残り、残りの隊員らは消えてしまった。

そして、残った者も各々の死の襲来にたたずむばかりとなった。


『終わりだな……』


諦念を含む呟きを口から漏らし、ジョーカーは笑いながら座った。


『そんなこと言わないでください』


そう叱るシーナもまた諦めた顔をしていた。戦う意味を失ったのだろう。キサナギが迫る中、シーナがジョーカーの隣に座る。

そして、おもむろに体をジョーカーに傾けた。

運命を、人生を預けるように。

ジョーカーもいやな顔はしなかった。


『私、実はジョーカーが憧れだったんです。そのために努力して、口調も直して、いまここにいます。けれど、いつしかその憧れは違うものになってた。あなたを思うたびに、切なくなるの。思い切って心を曝け出そうとした時もあったわ。でもあなたとわたしの関係が、現実が心をしばるの。だからそれとなくアピールを続けたわ。それなのに、ジョーカーったら全く気がつかないんだもの。多分、これが最後になるわ……』


いつしかシーナの口調は元の口調に戻っていた。

彼女を包んでいた"聡明な部下"というベールが剥がれ、1人の女が姿を現した。金輪際見ることのないようなシーナの姿に、ジョーカーは目を見張った。

煌びやかなシーナの瞳は全てを吸い込む美しさを持ち、艶やかな唇からは吐息が漏れる。


そして、シーナの口元がジョーカーの耳に迫る。


『大好きよ』


熱く、けれど切ないつぶやきだった。

それはジョーカーの心の中で身に買い時間に幾度も反芻される。

予想だにしていなかった答え。だけれどうすうす気がついて答えだった。


『薄々そんなものだと思っていた。けれどお前は部下だ。もし受け入れれば祝福されるが一部には妬まれる。そんなことしちゃ尊厳は潰れる。だから今まで気づかないふりをしていた。だけど、これで最後なんだろ? 尊厳なんて関係ねえな』


ジョーカーがシーナと目を合わせる。

まるで吸い込まれそうな煌びやかな瞳がそこにはあった。

紅く艶やかな唇が目にとまる。

シーナに合わせるように、ジョーカーは言った。


『俺もだよ』


2人の唇が重なった。

ほんの一瞬であったが、2人の間に確かな新しい関係が築かれた。部下と上司ではない、違う新しいものが。その一瞬それを見ていた玲人は自身が戦場にいることを忘れた。

ほんの数秒の出来事が、限りなく長く感じられた。

それほどまでに衝撃的だったのだ。


やがて時間は元どおり流れ始め、現実が戻ってくる。

白い雪が死にゆく彼らを祝福するように降っていた。

彼らは抵抗をやめ、運命に身を委ねた。もはやあらがうことすらできないその運命に。

キサナギに囲まれ、死が彼らの傍に立つ。走馬灯が川のように見え始めていた。


その時、異変に気付いたのは彼女がパル人だったからだろう。常識的であって非日常な事態が起きていた。


『待って……氷が降ってるわ』


その一言で周囲の人達が空を見上げる。

彼女は雪を知らなかった。

だからその現象の名を知らなかった。

風が吹き、雪が風に乗り、吹雪と化す。

吹雪は空を舞い、幻想的な世界を作りだす。

視界が悪くなって行き、急激に周囲の温度が下がり始めた。

氷が肌につき、体温が奪われてゆく。


『この星で……何が起きているというの……?』


『雪……雪です……』


玲人がそう答えるのもやっとなほど、吹雪は厳しくなり、彼らを襲った。まるですべてを消すがごとく雪は吹き荒れ、パルテノンのすべてを覆った。



その日パルテノンに観測史上初めて"雪"が降った。

その雪はキサナギに積もり、彼らの体温を一気に下げた。

急激に体温が下がったキサナギは活動をやめ、冬眠状態に入り、その進行をやめた。

大群の一部が中央街へと入り込んだ矢先の出来事だった。

後に語られる"神雪"。

それを目にしたものは少なかった。

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