第32話 キサナギ 2
ジョーカーの指示に伴い、隊員らが撤退を始める。そして最前線がキサナギに飲み込まれた。白い異形の芋虫はその体をうねうねと動かしながら捨てられた武器に覆いかぶさり、体の中へと吸収してゆく。ジョーカーはその光景をリディールに乗りながらまじまじと見つめた。恐ろしさとは違った何かを感じる。畏怖とでも言うのか。その時、キサナギがはねた。
はねるというよりも引っぺがされたという方が正しいのか。隊員の一人が放ったγ線陽子パルサーが群の表面ではじけ、幾匹かのキサナギがはねた。それらは静かに空中を舞い、撤退中だった隊員の背中に張り付いた。
悲鳴が上がる。すぐさまそれをはがそうと隊員は身をよじったが、それよりも早く捕食が始まった。漏れ出る血すらも食い散らかしながらキサナギは背中を登る。そして頭にかじりついた。それを助けようとリディールから降り、走り出した隊員の襟をジョーカーが思いっきり引いた。
『今は退却だ! 奴が食われてお前も食われたらこの星はどうなる? 自分の行動に責任を持て!』
一喝された隊員は飲み込まれて行く同胞に涙を流しながらリディールに乗り込んだ。
ひと際鋭い断末魔の後に、一瞬府抜けた声が辺りに響くと、もう隊員の声は聞こえなくなった。
『退却してる時も攻撃を忘れるな!』
ジョーカーが銃を放ちながらリディールで中線へと移動する。
γ線陽子パルサーの透過距離をキサナギの内部に設定し、撃った。中で爆発がおきるが
変化はない、重なるキサナギを爆風は吹き飛ばせなかったようだ。γ線陽子パルサ―ではやはり火力が足らない。
『なかなかへらねぇな』
そう呟いてジョーカー達は中線へと移動するのだった。
――前線――
ジョーカーは退却後、玲人と合流し中線へと移動。また、最前線の崩壊を受けて前線はその攻撃を激化させていた。前線はスラム街中核部に位置している。つめり、事実上スラム街の最終防衛戦線だった。
シーナが広げた空気調節装置の範囲は中線がある中央街外郭まで。そこまでにできるだけ数を減らさなければ中央街は壊滅的被害を被るという結果が出ていた。
キサナギは変温動物だ。気温が30度以下、厳密にいえば体温が20度以下になれば冬眠する。空気調節装置の設定温度は最低限の0度で中央街を包み込んでいる。その範囲内にキサナギが突入してから体温が20度以下に下がるまで何分かかるか。それはキサナギの数が多ければ多いほど長くなる。体を寄せあわせ、摩擦熱を生み出し、それを外気に晒させないことで保温し、体温の低下を防ぐからだ。
だからこそジョーカー率いる最前線があれほどにしか数を減らせなかったことに前線は慄き、緊張していた。
『シーナか? 悪い。全体の10パーセントほどしか減らせなかった。このまま行くと後線が突破された時にも未だ60パーセント生きてることになる。そしたらどうなる?』
『間違いなく中央街は壊滅します。それでも活動を停止しなかった場合そのまま北上を続けやがて空気調節装置を破壊し、キサナギの体温を下げる要因が自然気温しか存在しなくなります。その場合、パルテノンは食い尽くされ、文明は滅ぼされます。前線までに最低でも40パーセントの排除が必須です。しかし最前線が10パーセントしか減らせなかったとなると必然的に前線も10パーセントとなります。絶対防衛ラインは中央街外郭まで。そこまでに半分以上のキサナギを排除してください』
『それは無理そうだ。くそ、出来るだけ早く中線に着く!そこからギリギリまで粘るからそっちも粘れ! だが死ぬなよ!』
『分かりました、総員!放て!』
シーナの声に合わせ、パルス砲がキサナギを消して行く。出来るだけ多く。効率的に。パルス砲の照射は続く。
―――
ジョーカー達が中線に到着し、パルス砲の照射が始まった時、すでに前線の近くにキサナギが迫っていた。迫る白い壁が地平線を遮り、後方のキサナギへの攻撃を妨げる。しかし、最前線よりも明らかにその進行速度は落ちていた。
最前線から前線にかけての攻撃のなかで、足元を狙うことで進行速度と群体数を同時に落とせることをシーナが見つけたのだ。シーナ率いる部隊の奮闘とそれにより前線の生存時間は飛躍的に伸び、キサナギは元から60パーセントに数を減らしていた。このままいけば理論上は抽選で殲滅が終わる。
しかし、その長い時間でまたキサナギも学んだ。
『ジョーカー! 奴らが三手に分かれた! パルス砲の攻撃を警戒している!』
遊撃隊の玲人からの連絡により、その事実はすぐさま全隊員に告げられた。キサナギは今まで一直線にしか進まなかった。そのため前面に全火力を集中させることができたのだ。しかし、キサナギに分散されてしまうと進行速度はそのままなのに対し、抵抗火力は1/3まで低下する。恐れていたキサナギの進化に、ざわめきが起こった。
『くそ! 三手に別れちゃ有効打のパルス砲は使えねぇ! 障壁があると届かねえからな。シーナは前線が危なくなったら後線じゃなく中線へと移動しろ!レイジと俺達は左右を撃破する!』
蠢く広い塊が腕を広げるように左右へと散ってゆく。
別れたことでその後ろに続くキサナギの数が明らかになり
部隊に緊張が走った。はるかかなたまで伸びる一筋の白い線。
本当に数が減っているのか怪しくなった。
「ジョーカー隊長! 我々はどうしますか!」
『いま中線にいるやつは半分ずつの小隊に別れろ! 半分はここに残ってパルス砲を正面に撃ち続けろ!残りの小隊はさらに半分に別れてそこのレイジと俺についてこい!」
隊員がちらりと玲人を見る。何やら不満があるようでジョーカーに遠慮の眼を向けた。
「しかし……」
『口ごたえはいらねぇ。レイジは俺の認めた戦友だ。黙ってついて行け。お前よりかはマシな判断を下すだろうからよ』
渋々といった感じに隊員が引き下がった。
『わかったなら行け!時間が惜しい!』
ジョーカーに怒鳴られ各部隊が行動を開始した。
譲ることのできない戦線。
醜い群体は迎え撃つ殲滅部隊らを嘲笑うかのように蠢いていた。
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