第31話 キサナギ 1
殲滅部隊はシーナの指示により、東西南北に散っていた重火器の全てをキサナギの進行方向である南側に集めた。しかし火力は十分でもそれを操作する人数が足りなかった。真銀戦の侵攻によって隊員の数が著しく減っており、けが人を含めてもたかだか1400人余りではキサナギの進行の阻止は推測から不可能だった。
そこでシーナは防衛戦線を段階的に作り出す作戦を提案し、実行した。重火器を2キロメートルごとにキサナギを中心とした弧状に配置。それを4本作り出し、700人の隊員が最前線、700人の隊員が前線でキサナギを攻撃。最前線が危うくなったら最前線に位置する隊員が中線に退却。それを後戦まで繰り返すとい作戦だ。
つまりは重火器と隊員の犠牲を前提とした作戦だ。隊員らは死ぬ寸前まで戦線で粘らなくてはならない。一匹でも多く殺さなければならないのだから。それでもパルテノンを守りきれるかどうかは怪しかった。
『心配するなシーナ。俺たちは真銀戦の侵攻を防いだんだ。キサナギぐらい余裕だろ?』
ジョーカーの冗談。それが張り詰めたシーナの心を和らげた。しかし、真銀戦の侵攻とは比べ物にならないほどキサナギが脅威であることを忘れさせることはできなかった。大軍による無差別攻撃は言ってしまえば真銀戦侵攻の上位互換だ。真銀戦を退かせるために失った犠牲の何倍もの被害が出るのは目に見えていた。
しかし、副隊長として恐れるわけにはいかない。
『もちろんです。パルテノンは私たちの手で守り切ります』
シーナの虚勢に、ジョーカーも乗る。
『こっちも準備はOKだ。スラム街の冬眠中のキサナギは大方排除した。今の脅威は進行中のキサナギだけだろう。』
『わかりました。しかし排除しきれなかったキサナギが突然目覚めることもあります。どうかご注意を』
『もちろんだ。後援は頼んだぞ。さすがに対処しきれないからな』
『わかりました』
インカムは緊急事態を想定し、モニターに繋いだままにしてあった。そのおかげで意思の疎通は即座に行われ、状況把握が容易になった。ジョーカーは最前線。玲人は遊撃隊。シーナは中線、浩二は支部内で司令を出すことになっていた。
―――
『衛星によるとキサナギは爆心地からなぜか同心円状に散開せずにまっすぐ北上しているらしい。
『わかってるぜコウジ、漏れ出た群れはすぐに知らせてくれ。レイジたち遊撃隊を向かわせる』
『わかった。今キサナギの大群はスラム街外郭南下3キロのところにいる。多分目視出来ているだろう。これまでの進行速度から12分ほどで外郭に到着し物質の捕食が始まるだろう。そうなると速度は人の歩き程度にまで落ちる。だからリディールに乗れば捕まる心配はない。けれど無闇に近づくなよ。喰われるぞ』
『当然さ』
ジョーカーが前に目を向けた。地平線に重なるようにして白い蠢きが見える。迫り来る白い大群。改めて見ると背筋を悪寒が走った。それでも悟られるわけにはいかない。隊長として。
『全員パルス砲を撃て!』
ジョーカーの号令とともに放たれる3本の筋。しかし軽く群れの表面を削るだけで、群体の数が減る気配は全く見えなかった。死んだキサナギを別のキサナギが捕食しているのだ。そのせいでできた穴が即座に埋まり、目視では数が減っているようには見えない。
しかし、それでも確実に数が減っていることに変わりはなかった。
『構わねえ! どんどん撃て! じゃないと死ぬぞ!』
絶え間なく幾筋ものパルス砲が繰り返しキサナギへと放たれた。けれどそれを関係ないと言わんばかりにキサナギはとまらない。
やがて、中性子銃、γ線陽子パルサーなどの武器の射程圏内にキサナギが入ったところで手持ちぶたさの隊員がリディールに乗りながら銃撃を開始した。向かい来るキサナギの群れの頭部を様々な武器が焼いてゆく。しかし700人の攻撃をもってしてもやはり正面から見れば減っているようには見えなかった。
やがてキサナギが最前線まで50メートルに迫った時、ジョーカーは最前線を放棄し、退却を指示した。
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後書き次回更新は1月30日です。
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