第30話 爆発
『成功したのか!』
インカムの先で浩二が大声を出した。
どうやら空に軌跡を描いた煙は支部からも視認で来たようで、インカムの向こうからはざわめきが聞こえた。
『いやまだだ、爆発するまでにプラセバが解けたらレイジがただのレイジに戻っちまう。それまでなにもするな!』
ジョーカーが小声で言い返す。
ロケットの発射はまだ終わっていないのだ。プラセバが解け、すぐ上空でロケットが停止し、【ゼウス】が爆発すれば被害は避けきれない。もっと南で爆発させなければならなかった。
《第3段離脱完了。第2段飛翔に移行》
システムが第3段離脱の成功を告げる。
それに応じて玲人が再び動き出す。
ロケットは細雲の軌跡を描きながら既に見えない空の向こうへと至っていた。
ロケットが今どうなっているのか。それを確認する術がない以上、ここからはシステムが出す成功の声を聞くしかなかった。
《第2段離脱完了、第1段飛翔に移行》
また告げれらた成功。それが成功と分かっていてもやはり言葉だけでは説得力に欠ける。
いつ告げられるかわからない失敗に室内の緊張が高まって行く。隊員たちの視線は画面に釘付けになり、それ以外への思考が出来なくなった。
離脱が成功するたび、ジョーカーは叫びたい気持ちをぐっと抑えた。
『ジョーカー! 爆発まで1分を切りました! 衝撃に備えてください!』
シーナが警告を発する。
しかし、ロケットが今どこを飛んでいるのかは分からない。【ゼウス】が抱えるエネルギ
ーが未知な以上、爆風がここまで届く可能性がないとは言えなかった。
『全員、衝撃態勢!』
緊張していた隊員らは、耳をつんざいたジョーカーの声に反応して床にうずくまった。
それでも、画面からは決して目を離さない。
《第1段離脱完了。初段大気圏突入、姿勢制御エンジン展開》
ロケットが大気圏に入ったことが知らされたと同時に、警告アラートがけたたましく鳴り響いた。
少しの音をも聞き逃さぬよう研ぎ澄まされていた耳をアラートが切り裂く。
そのけたたましさに隊員たちが耳をふさいだ。
《姿勢制御エンジン用の燃料不足。予定軌道を離脱。高度降下》
やはり、素人にはロケットの発射など無謀だったのだ。彼らが入れた燃料は重力圏脱出用の3段分しかなかった。姿勢制御エンジンが使う初段用の燃料を彼らは入れていなかった。つまり、ロケットにもう推進力は生まれなくなった。
『ジョーカー?高度が落ちています!このままじゃ被害が星に出ます!大気圏中で爆発させてください!』
シーナが叫ぶ。が、もう遅い。酷にも爆発の長針は0を指す。
『すまねぇ、失敗した……』
ジョーカーの後悔の声。
その声と同時に【ゼウス】は爆発した。はるか彼方の南の空。エリア51の上空で。
爆炎は瞬く間に大気中の水素と酸素に引火する。出現した火球は水素量に比例してその大きさを瞬時に10倍へと膨張させ、計り知れないエネルギーが空中で放出された。そして膨張した空気は大気によって瞬く間に冷やされ、真空状態の中心部に空気がなだれ込む。縮小しようとする後続の空気に押され、膨張しようとする空気は強引に圧縮される。そして圧縮された水素と酸素の混合気体に火がともり、爆発による第2波を起こした。想像を絶するほどの爆発エネルギー。
その衝撃は恐ろしい速さで地を伝わり、数秒後、ジョーカーたちの足元を襲ってきた。
それは星をも巡り、全住民に等しく恐怖を与える。初めて体験する揺れは長く続き、ある者は恐怖し、ある者は嘔吐した。前代未聞の巨大爆発。それが辺境の核実験場上空で起きた。その爆発によって地表はえぐれ、大規模なクレーターが出現した。クレーターの表面は灼熱に晒され、融解した土が赤くのぞく。エリア51は跡形もなく消え去り、その残骸をも残すことは許されない。
もしそこに誰かがいたのならば……
その存在を証明するものは記憶しか無いだろう……。
―――
『ジョーカー?一体なにがあった!大気圏中で爆発してないのか?』
揺れが収まった後、浩二が驚いた声でそう言った。
まだ頭の中に衝撃が残っており、揺れる頭を押さえながらジョーカーは答える。
『違う。燃料不足で大気圏まで届かなかった。軌道の記録からエリア51の上空で爆発したらしい。今のは大地の揺れだ。多分間も無く……』
ジョーカーが言い終わる前に爆発による衝撃波が制御塔に到達し、窓ガラスが割れた。
『伏せろ!窓から離れるんだ!』
察した浩二が職員に叫ぶ声が聞こえる。
そして同じように窓ガラスが割れる音と誰かの悲鳴がインカムを伝って耳に届いた。
『大丈夫かコウジ? 爆風と衝撃、これで【ゼウス】による被害は終わったはずだ。距離からしてせいぜい中央街の被害は窓ガラスが割れたくらいだろう。ここで爆発するよりかはマシだったな』
ジョーカーが安堵したように呟いた。
爆風により、立ち上がっていた白煙はすべて消え去り、徐々に周囲は暖かくなっていった。
かすんでいた視界は一気に澄み、遠くまで見渡せられた。
――――
衛星写真が映し出されていたモニターをシーナは凝視していた。
エリア51の近く。その被害を確認するために衛星で見たところ、その地が白く蠢いていたのだ。シーナはいぶかしげに眼を細め、映像に集中する。
『そこをアップして』
職員に命じてそこをズームさせる。
次第に荒かった画像が繊細になって行き、一定倍率を超えた時、遂に蠢きの正体がわかった。地が蠢いていたのではない、それは生物の群体だった。
古い文献で見たことのある異様な造形。そして醜悪な外見。
シーナを冷や汗が包み込む。喉から水分が消え去った。
見ていた部下は画像の意味がわからず気持ち悪さに目を背けたが、シーナはその恐ろしさに絶句した。
遥か昔、パルテノンの食物連鎖の頂点に君臨し、この星の支配者であった生物。
キサナギ。それが目覚め、蠢いていた。
―――
『神内さん、すぐに全員をシェルターに避難させて、いや足りない……戦える者は武器を持たせて! 早く!』
シーナの焦る思いとは裏腹、に浩二は少し戸惑った声を出した。。
『なにが起きたというんだ?【ゼウス】の被害は終わったはずだ』
『キサナギよ! キサナギが爆心地周辺で冬眠から目覚めたの! このままじゃ私たちは前文明と同じ運命を辿るわ! そうしたくないなら早く!』
浩二の声を押しのけ、シーナが説明する。
今はまだ辺境の地にいるが、ここまで到達するのは時間の問題だった。
シーナにまくしたてられながらも現状を理解した浩二が全職員に指示を出す。
『戦える者は武器を持て! それ以外はシェルターへ! 早く! キサナギが目覚めたのそうだ!』
キサナギという言葉を知っているパル人は顔を青くさせ、すぐに言われた通りに行動した。しかしキサナギを知らない者はゆっくりと浩二の言葉に従うだけであって、それがシーナの危機感を一層募らせた。
『早くして! 死にたいの?』
真銀戦の戦いで疲弊したことなんて関係ない。
それよりも大きな脅威がそこに迫っているのだから。
有無を言わさぬ大声でわめき散らしてようやく職員たちは行動を開始した。
―――
『ジョーカー! そこから早く撤退してください! キサナギが目覚めました。後方を確認しつつ可能ならば排除してください!』
シーナの焦るような声に、ジョーカーもまた戸惑ったが、偶然にもジョーカーはキサナギを知っていた。
『キサナギ? あの文献上の生物が目覚めだと? 星が30度以上になったのか?』
『違います!爆発によって周辺大気が一時的に上昇しました! スラム街の平均温度は現在19度です! 今も上昇を続けています。このまま上がったならばスラム街からもキサナギが発生します! 爆心地からやってくるキサナギとスラム街から目覚めるキサナギ。どちらも相当な脅威です!』
『わかった。今すぐに撤退する。シーナは近くに設置してあるの空気調節装置の範囲を最大にしろ。設定温度は限りなく低く、そうすれば目覚めたキサナギはその範囲内に入ってから10分ほどで冬眠させることができる。こちらは冬眠中のキサナギと進行中のキサナギを出来るだけ殲滅しながら撤退する。頼んだぞ』
『わかりました』
シーナとの通信を切り、すぐさまジョーカーは隊員らに命令を出す。
『お前ら! 今すぐに武器を持ってここからは離れるぞ! キサナギが目覚めたらしい。支部へ撤退しながら進行中、しくは冬眠中のキサナギを殺せ!』
「「はっ!!」」
空気が張り詰め、玲人は戦慄した。
シーナの言っていたキサナギが目覚めた。
【物質を食い散らかす】キサナギが。
建物を人もなにもかもを見境なく。
『パルテノンが危ない……』
その思いは次々と人々に伝染していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます