私のご主人様
まつこ
私のご主人様
私は森の深いところにあるお屋敷の使用人です。私のご主人様はとてもいい人だと思います。最初にご主人様の話を聞いた時は少し怖かったのですが。周囲の人の言うことには、あのお屋敷に住んでいる人はもう何十年もあそこに籠もっていて、全く得体が知れないのとのことでした。使用人として初めてこのお屋敷に来た時には、体を固くしたものでした。しかし意外なことに、お屋敷から現れたのは若い男性でした。蒼い瞳に柔和な顔立ち。ただ、その真っ白な御髪だけが、老翁のようで一際印象的でした。
何十年も住んでいると聞いたのに、何故そんなにお若いのですかと聞くと、ご主人様は、正直に物を言う娘さんだな、とでも言いたそうな顔をして微笑み、自分は以前この屋敷に住んでいた男の息子で、この屋敷を譲り受けたのだという話をしてくれました。それに私は納得し、以来一年間程、このお屋敷で働かせて貰っています。
ご主人様は作家さんです。どうやら良く売れているようで、いつも身綺麗にしています。私は教養が無くて、文字もまともに読めないからなんだかわからないですと言うと、ご主人様は仕事の合間を縫って、私に読み書きを教えてくれるようになりました。ただの使用人の身に余る光栄です。ご主人様は本当に優しいのです。
優しいご主人様ですが、生活にはちょっと気をつけてほしいところがあります。夜遅くまで起きていて、朝は全然起きてくれないし、お屋敷の窓には常にカーテンをしておくことを命じられているので、いつも薄暗くて、気分が落ち込んでしまいます。そういったことを注意すると、すまないね、と全然すまなくなさそうに言って私の首筋に優しく接吻し、誤魔化されてしまいます。ご主人様の髪の香りがしてくると、頭がぽうっとして、何も言えなくなってしまいます。ずるいのです。
また、ご主人様は毎日決まった時間に地下のワイン倉庫に入って、決まった一つのボトルの中身を一杯だけお飲みになります。ワインを取ってくるくらい私に任せてくれればいいのにと何度言っても聞いてくれず、例の方法ではぐらかされてしまいます。
ご主人様はとても綺麗なお人ですし、話している限り他人が苦手ということでもなさそうです。私はそんなご主人様のことも好きですが、少しだけ不安になってしまいます。使用人が主人を疑うことなんてあってはいけませんから、このことは、ここだけの秘密です。
私のご主人様 まつこ @kousei
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