長いマフラー

 両手では数え切れなくなった回数目のデート。

 だというのに、遅刻した。本当に情けない。

 待ち合わせ場所にいる彼女の姿が目に入り、自らの行いを後悔した。慣れないワックスなんかつけようとするからこうやって遅れるんだと自戒しつつ、彼女のもとへ駆け寄る。


「待たせてごめん」

「はい。……すこーしだけ、待ちました」


 彼女は2本の指を触れ合うか触れ合わないかくらいに近づけて、ほんの少しであることを強調する。

 けれど、その息は白くなっている。

 俺は如月の手を取った。

 予想通り冷たい!


「結構待ってたんだろ? そこは素直に言ってくれ、困るから」


 その言葉に、彼女はぷくりと頬を膨らませる。


「北斗さんだって、待ってても待ってないって言うじゃないですか」

「それは如月のこと考えてたらあっという間だからだよ」

「私だって一緒です。北斗さんのこと考えてたら、すぐに来てくれました」


 ギュッと、握り返す手に力を込められる。自らの言葉が嘘じゃないことを主張したいのだろう。


「……本当に?」

「疑われるのは嫌です」

「分かった」


 その真っ直ぐな瞳をこれ以上否定することも出来ずに、俺は温めるように彼女の手を柔らかく握りしめた。


「とはいえ、待っててくれてありがとう。寒かったのは事実だろ?」

「それはそうです」

「温かい飲み物がいい? それとも肉まんとかのホットスナックのほうがいいか?」

「それよりも、北斗さんのマフラーに触れていいですか」

「え? あー……」


 触れられるだろうと付けている時には思っていたが、今の今まで遅刻してきたことで頭がいっぱいで忘れていた。


「すごくモコモコしてますね」

「長いから巻きが多くなってんだよな……」

「それ、新しい物ですよね? 見たことないです」

「あぁ。ネットで探してたらこれが出てきて、一番好きな柄だったからって即座に買ったらめちゃくちゃ長くてさ……」

「確かにこの柄はかっこいいですね、北斗さんが好きそうです」

「え? なに?」


 言いながら彼女の手は俺の手から離れてマフラーに伸び、少しだけ巻きが緩められる。

 今の彼女の手から俺の首元までのマフラーの長さくらいが、ちょうど1人分だろう。つまり2人……分……?


「北斗さんが付けていたからか、ちょっとだけあったかいような気がします」


 予想した通り、彼女が俺のマフラーを首に巻いた。1人分とは言ったけれど、彼女の首には少し長かったらしい。垂れている片側が、俺よりも長めになっている。


「……そうか。あったかいなら良かったよ」


 彼女の頬が赤くなっているのを見て、外側だから気のせいなんじゃないかという言葉を飲み込んだ。

 こういうところが、たまらなく愛おしいのだ。


「ちなみに私はあんまんがいいです」

「お、おう」


 彼女の手を取る。このタイミングで言われるとは思わなかった。けれどそんなところも愛らしいと思うのは、流石に傾倒しすぎなんだろうか?


「じゃ、買いに行こうか」

「はい」


 いや、前言撤回だ。

 この微笑みを間近に見れるのだ。傾倒しすぎもなにもない。


「……かわいい」

「えっ」

「如月はかわいい」

「人前でやめてください!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今日もまた俺は彼女に思考を読まれている 城崎 @kaito8

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ