二話 今日
ふぁ、眠いな。エレベーターの中で欠伸を噛み締める。昨日の量は多かったなぁ。出席のところに印をつけ進んでいく。椅子を引き、僕は席へと座る。自分の仕事をして朝礼を迎える。さぁ、いつ来るだろうか。
「先輩。」
よし、今日は何だ。
「ここ、どうすればいいですか。」
声のする方を見ると、僕とは離れたところにいた。「ここは…。」
まあいいか。体の向きをパソコンに戻すと、ぽんと肩を叩かれる。
「これ。よろしく。」
「はい。分かりました。」
一瞥もすることなく、外へ向かう上司。
…?どうしたのだろうか。そんな急ぎの内容が今日あっただろうか。
疑問に思いつつも、手は休めない。疑問になったからと言って手を休めておける程での量ではないのだ。
「今日って、プレミアムフライデーだっけ。」「そうそう。」「そんじゃ、早く帰るかっ。」
意気揚々とした声が聞こえる。いいなあ。
ああ、眠い。ったく、昨日の量は何だったんだ。いつも通り俺のデスクへ向かっていく。
「おはようございますっ。」「おはようございます。」
「…!おはよう。」
俺なんかしたっけ…。いつも顔すら合わせない後輩(?)達が俺に挨拶してくる。正直……恐い。
変な疲れを早々に感じて腰を下ろす。……。やんないとな…。溜め息混じりに手をつける。朝の一つの境が終わる。さて今日の初どんな量か…。
「これ、お願いしてもいいかな。」
手渡された量は少しきついが、片手で持てる程だった。
「それじゃ、よろしくっ。」
笑を向けて去って行く。は……?
「あの、先輩。」
…今度は何だ。
「これはどうすればいいんですか。」
…………。ここまで俺は思考停止に陥ったことはない。
「先輩?」
「…あ、ここは。」
後輩と話すなんて、いつぶりだろうか。一通り説明をしてやる。
「ありがとうございましたっ。」
「お、おう。」
今日は一体何なんだ。手は疑問によって止めることを知らず、押し付けられたものを終わらせていく。
「今日って、プレミアムフライデーだっけ。」「そうそう。」「それじゃ、早く帰るかっ。」
自分の仕事やってからにしてくれよ。
「よーし、飲みいくかあ!」
上司の声に賛同する人達。んん、さっきこんなに追加されてしまったからなあ。
「行くか?」「はい、行きますっ。」
後輩たちが次々と席を立っていく。
「よーし、行ける奴はいくか。」
殆どの人が退社していく。
彼らの背中から視線をはずし、山を片付けていく。
今から飲みに行くのかよ。今何時だよ…。まあ、俺には関係…
「先輩も行きませんか?」
あった。いや、この束やらなきゃいけなくもないけど、終わらせないといけないから。
「ああ、ごめん。今日はいけないや。」「そうですか…。お疲れ様です!」
疲れていると思うなら手伝って欲しいんだけどな。
お、終わったあ…。
まだ五時?!定時に帰れるとか初めてだ。
………。今日、皆、違ったな…。
エレベーターで降りて、帰路へとつく。毎朝見る川を今はずっと見ていたいと思い、斜めに生える芝に座る。
わーとか、おーとか少し甲高い声がする。水で子供達が遊んでいる。五六人かな。数十年前かあ。無邪気に遊んだのは。
夕陽に映される影がくっきりと見える。
今日は色々違ったな。昨日まであんなに…。
僕、何かしたかな…。
ああ、疲れた。まぁ、今までに比べたらそうでもないか。ん、まだこんな時間?!うわぁ…。ラッキー。
少し足取りも軽くなりながら家路へつく。流れる水に足を止められる。土手に腰を下ろし、眺めている向こう側の幼い子供たちは、屈託なく笑いながら遊んでいる。
紅に染まった陽が瞳を照らす。
今日は初めて会社で笑かけられたな…。
俺、何かしたっけか…。
ああ、僕もあんな頃に戻りたい。
流れる水は早く一定の方向へと流れていく。
どんっ。
素早く焦点を子どもたちへ戻す。男の子が友達を一人突き飛ばしたらしい。さっきまで凄く仲良く遊んでいたのに…。突き飛ばされた男の子の座り込んでいる場所を凝視する。
あそこて地面見えていたっけ…。
俺もただ楽しいだけの時に戻りたい。
進んでゆく水は同じ動きをしながら俺の前を過ぎていく。でも今気づいた。いつもだったら見えないはずの陸が見える。
あんな変わるのか…?
とんっ。
何かが倒れた。ああ、幼い子達のよくある喧嘩。
俺もよくやったな。さっきまで遊んでたやつと喧嘩とか、よく。
夕日など温かさを背中に感じる。
すとん。と抱えていた疑問が全て腑に落ちてきた。
ああ、そうか。
最後まで照らそうとする日が刺さってくる。
すっと胸のつかえが消えていった。
ああ、そうか。
川だって変わるんだ。いつも一定でも変わるんだよ。
そりゃ、人だって変わるよな……。
あんな幼い子でも変わるんだよ。人は変わるんだよ。
そりゃ、川だって変わるよな……。
ああ。
ああ。
世の中は 何が常なる あすか川
昨日の淵ぞ 今日は瀬になる
こころ 孔雀 @amayukuu
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