こころ

孔雀

一話 日常

今どきの都会には珍しい程の綺麗な川が流れている。それを横目に行き交う人々。その中に僕はいる。綺麗な水が満ちる川は毎朝の癒しである。この景色を見てから電車に乗り、会社へと向かう。

「おはようございます、先輩っ。」「おはようございます。」

自分の部署へ行くと、後輩から毎朝にこやかに挨拶してくれる。更には

「やあ、おはよう」

上司からの挨拶も多い。自分からしないという訳ではないのだが、何故か皆一歩早い。自分の席に座り、時計を見る。よし、やってしまうか。始業時間約二十分前。朝礼までに終わらせられるところまで終わらせるのが日課だ。いや、僕が仕事大好き人間というのではない。この二十分である程度自分の仕事の目処を付けなければいけないのだ。朝礼の後、数十分すると

「先輩、この仕事はどうやるんですか?」

これを1日に何度聞くだろうか。うちの会社は中途採用が多い。だから、年中無休で新人がいるのだ。

「これは…。」

だから新人のためにわざわざ教育係をつけはしない。新人は分からなければ自ら聞け。というのが社の方針。だから誰の所に行ってもいい中で、僕にいつも聞いてくれるのは少し大変だが、悪い気はしない。頼ってもらえるのは嬉しいのだ。

「俺、先輩のことめっちゃ好きですっ。凄く優しいし、仕事できてほんと尊敬です。」

このような類の言葉を何度職場や酒の席で言ってもらえただろうか。これもまた後輩に限らない。

「あのさ、この仕事ちょっと頼んでもいい?外は私がやっておくからね。」

このように上司からの頼みも多い。この部署は仕事が多く、外の仕事も多いのに、それに対しての人数が少ない。否、数が少ないというのではない。その仕事が出来る者が少ないのだ。僕は外もデスクもできるだが、殆どの人はデスクが苦手だから必然的にそうでない者がいることとなる。その中でも、僕に頼むというのが素直に嬉しい。自分よりずっと上から任されるのなら尚更だ。




少しでも落ち着いた所を住処にと思い、住んでいるのは川近く。毎朝澄んだ水で広く覆われている川に心を救われながら会社へ向かう。勤めている課へ行き、俺のデスクに向かう。礼儀上、上司には挨拶する。だが、基本後輩との会話はない。

「おはようございますっ。」「おはよう。」

俺には向けられたことのない元気一杯の挨拶。まあ、欲しいとも思わないけれど。

デスクに座りパソコンの右下の表示は、始業までまだ時間があることを示している。今終わらせられるものは終わらせねばと思い、すぐに始める。本当はもっと始業ぎりぎりに来たいのだが、それが出来ない理由がある。

「これやっといて。あ、これ十時までだから。でも君の分の外はやっておくから。」

これだ、有無を言わさぬ上司からの押し付け。デスクワークが嫌いだけど、外の仕事は好きだからそれしかしないという、社会人としてどうなのかと思う人達だ。この人達が押し付けるものなど毎日の雑務とそう変わらないだが、それすら出来ないのはあまりにもやっていないからだ。好きな仕事は奪って嫌いなものを押し付けるのだ。

こんなのすぐに終わるのだ。だが、上の者の仕事。終わったら確認を取らなければいけないものが多い。それに大抵、必要な書類を新人がずっと使っているせいで進まない。他のものは確認を取るだけだからと、形だけでも一息ついていると、好き嫌いを押し付ける上司達からまた山を積まれる。下手をすると面倒な外をも押し付けられるのだ。



定時。この時間になると

「外行ってから直帰したいから、これいいかな。」

朝とは比べものにならない程の人が殺到する。

「わかりました。頑張って下さい。」

この時間までに、自分の仕事は終わっている。だが、同じか、それ以上の書類の山が毎日積み上がっていく。その上、

「先輩、これどうすれば…。」

必ず一人泣き声混じりの後輩が僕に縋ってくるのだ。大変ではあるが、この子達が育てば後々楽だと思うとついつい時間を割いてしまう。ちまちまと自分の分を終わらせていき、

「ありがとうございましたっ。お疲れ様ですっ!」

この言葉を合図に1人黙々と山を片付けていく。そして、片付いた頃には日付けが変わりそうになっているのだ。



終業時刻。この時刻になると俺のメールでボックスの数は面白いほど増えていく。それら全ては外にいる上司達からの連絡、このまま帰るからデスクの上にある山を片付けておけという旨。

今日は何人分なのだろうか。メールを開き、名前を書き出していく。今日は多いな…。

それぞれのデスクへ行き、書類を集めていく。この作業だけでもかなり時間がかかるのだ。この課はフロアが広い。必然的に人も多く、このように押し付ける者も多いのだ。何往復かしてやっと座った俺はこれだけで疲れてしまうが、これで疲れていては終わらない。目を閉じ、椅子の背もたれを感じ、一息つく。

自分でも悲しくなるほどの束の間の休息を終え、パソコンと対峙する。自分の仕事の何倍あるんだろうかという量を減らしていく。

ん。何だ、この数字。間違っていないか。……。あの人のか…。一番上のくせしてこんなミスするのかよ。これだけ資料添付してメールしておくか。

タンっと送信し、また山へと戻る。

抜け殻になるまでやって終わったのは日をまたいだ頃だった。

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