名古屋は三どころ
「名古屋は茶どころだでね」
祖母の口癖だった。
この季節、小学校から帰ると「芸どころ名古屋と言われとるけど、婆婆にとっては茶どころ菓子どころ」と言って、新茶の抹茶をたて饅頭と一緒に出してくれた。小春日和のひととき、作法も気にせず味わうのが楽しみだった。
久しぶりの帰省。名古屋駅から名鉄に乗り換え、最寄りの鳴海で降りる。少しずつ伸びる影を追うように旧東海道を歩く。鉤の手まで来ると祖母の御用達だった和菓子屋の『栗きんとん』と『もなか』の幟が目に入る。
「最中、三皿、嫁ケ茶屋」
ここ鳴海にある地名で「もちゅう」「みさら」と読む。けれど「もなか、さんさら、よめがぢゃや」のフレーズが子どもの頃から気に入っていて、いまでも『もなか』を見ると口に出してしまう。
これを雑談のネタにした時、後輩が「かつての城下町には和菓子の老舗が多いんですよ」と教えてくれた。特に名古屋は芸どころでもあり、和菓子とお茶は昔から親しまれていたそうだ。静岡と京都の間に位置しているから両方の飲食文化が入りやすかったのかな。そんな気がした。「嫁菓子や菓子撒きもありますしね」スイーツ女子の知識恐るべし。
宿場町として栄えた旧道筋に佇む、ここも老舗の一軒だ。
「あら、お久しぶり」
変わらない店内と懐かしい笑顔が出迎えてくれた。祖母がよく出してくれた饅頭を買って店を出る。抹茶は買えなかった。同じく御用達だった茶舗は駐車場になっていた。
実家に着き「饅頭買ってきたよ」とリビングのテーブルに置き、僕は穏やかな陽射しが差し込む和室で一息つく。母はせっかくだからと抹茶をたててくれた。我が家の抹茶文化は残っている。饅頭を頬張りながら両親と近況を語らう。結婚式を明日に控えた妹も支度を終えて輪に加わる。兄妹で皿に残った饅頭の取り合いをする。しばらくぶりであり、4人では最後になるかもしれない団らんの時を笑いながら過ごす。和菓子の和は心が和む和でもあるんだ。
800字エッセイ こうめい@なるぱら @narupara
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