その理由

「お父さんに話すことがあるんでしょ」

一年半前の春、高校に入学したばかりの長男が妻に促され、少し緊張した表情で発したのは意外な報告だった。

「僕、天文科学部に入りたいんです」

「そうなんだ」

親として本人が決めることに基本的に反対しない方針でいる。ただ理不尽な理由であれば容認することはできない。

「どうして天文科学部に?」

確認のため尋ねた。

小中学校では野球部に入り、打撃では主軸も任されていた。硬式野球部がある学校を進学先に希望し、入学後はさっそく体験入部もしていた。

それが一転して文化部への心変わりには、それなりの理由があるはず。


本人によると野球部に仮入部はしたものの、遅れて開催された校内の部活動説明会で受けた天文科学部の活動内容に魅力を感じたからだそうだ。

「科学実験は面白そうだし、実験計画や段取りをする経験も将来に役立つんじゃないかと思って」

そういえば家族で科学館に出かけた時、フーコーの振り子やサイエンスステージ、展示コーナーでいつも興味深く時間をかけて見入っていたのを思い出した。

さらに彼は続けた。

「それに天体観察会もあるし―――」

これも言われて気がついた。科学館では毎回プラネタリウムにも行きたがっていたし、今でも夜空を見上げている姿をよく目にする。

そう考えると天文科学部に惹かれることは不思議ではなく、さらに自分なりに将来も考えてとは。


入部後は充実した日々を過ごし、家では実験のこと、校内で天体観測会の日には帰りが遅くなるため迎えに行くと、車内で内容を興奮気味に話してくれた。

そして2年生になると自ら立候補して部長にもなった。


「昼は向こうで友だちと食べてくるから」

夏休み中の今日は部活の研修会として科学館へ行くという。

出かける我が子の後ろ姿は、家族で出かけたときを思い起こさせるべく、少し浮かれているように見えた。

そうだな。今度の休み、久しぶりに家族みんなでも科学館へ行こうか。

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800字エッセイ なるぱら @narupara

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