最終話 コンクールと告白と三角関係の終わり

 コンクール当日、文化会館に内人うちひと咲良さらの二人は来ていた。唯依ゆいの晴れ舞台なのと、こういう場にどんな格好で来たらいいのかわからなかったので、二人ともそれなりにおめかしをした。たくさんの人で溢れかえるロビーで迷子になりそうになる。

「えーと、唯依ちゃん、うちの高校の演奏は……」

「ああ」

「あっ、見つけました? さすがミトくん、視野が広い」

 なんとかお目当てのホールを見つけた。中に入ると、まだ人はまばらでよい席がとれそうだった。唯依の雄姿がよく見えるようにステージからも近い席に座る。


「はぁ……、緊張してきた」

 一方の唯依はリハーサル室でマウスピース、スケールと終えたところで呟いた。

「だいじょうぶだよ。唯依ちゃんが誰よりも練習してたの皆知ってるし、それだけ練習したんだもん。だいじょうぶ」

 隣に立っていた子が励ましてくれる。それを聞いて、

「うん、ありがとう。よし! やるぞ!」

 唯依は気合を入れなおした。

 本番が近づく。


 ステージが明転し、ウインドオーケストラの姿が明らかになる。左後列、トランペットの中に唯依の姿が見える。その表情は真剣で、緊張はしているもののよい緊張のようだ。

 指揮者がタクトを振り上げ課題曲が始まった。


 課題曲が終わり、自由曲、その時事件は起こった。曲の中ごろ、トランペットのソロ。のびやかにロマンティックに響いていた唯依のソロが突然乱れたのだ。音を外した。


 唯依は今までの成果を披露するように、しっかりと旋律を紡ぐ。しかしその時、客席の様子が目に入った。暗くなった客席の中でもよくわかる。内人と咲良だ。

(来てくれたんだ、よかった)

 安堵したのと同時に、

(まるでデートみたい)

 そう思ってしまった。おめかししてのコンサート。そして、自分はただの演奏者だ。

(わたしの入る隙なんてないみたい……)

 ふとそんな思いがよぎった瞬間、音が外れた。口の形を間違えた。一瞬のことであったが、確かにメロディは乱れた。


 コンクール、結果の発表。唯依たちは銀賞であった。


 唯依は独り会館の裏手にいた。皆気遣って独りにしてくれた。唯依は止まらない涙を止めようと必死だった。拭っても拭っても溢れてくる。

 そこに誰かが現れる。

「ああ……」

 内人だった。

「なによ……?」

「ああ……」

 内人もどう声をかけていいのかわからない。

「わかんないよ……! いつもミトは『ああ』しか言わなくて! ちっともミトの気持ち、考えてること、わからないよ!」

 つい感情が爆発する。

「ミトがそんなんだから、わたしずっと悩んで……、今日だって不安になって……、苦しくなって……」

 堤防が決壊したように言葉が流れる。

「ミトのばか!」

 少しの沈黙。

「ごめん」

 内人が謝った。そして言葉が続けられる。

「俺は、喋るのが怖くて、決めるのが怖くて逃げていた。ずっと甘えていた。唯依と咲良、どちらも傷つけたくなくてずっと逃げていたんだ」

 唯依は驚きに目をみはる。しかし、やっと彼の本音が聞けた。

「ばか……」

 そう呟いた後、トランペットをケースから出し構える。吹くのはソロのワンフレーズ。今までで一番きれいな音色だった。吹き終わった唯依は内人に向き直り、真剣な目をして訊いた。

「わたしとつきあってくれますか?」

 それに対して、内人はもう逃げない。

「ごめんなさい」

「そっか……。実はわかってた。あの曲でもトランペットは、織姫と彦星じゃないんだ」

 フォローしようと口を開きかけた内人に唯依は力強く言う。

「その気持ちのまま行って」

 激励の言葉だ。

「早く、その気持ちが消えないうちに行って!」

 内人は頷くと振り返り、駆けだした。その背中を見送った後、唯依は呟く。

「わたしまた泣いちゃいそうだから……」


 咲良は内人が駆け戻ってくるのを見た。開口一番訊く。

「唯依ちゃんは?」

「ああ……」

「そうですか……」

「ああ……」

「それで、どうしたんです?」

「ああ」

 二人の間に沈黙が流れる。内人の顔はその長い前髪に隠れてよく見えない。咲良もうつむきがちで表情はうかがい知れない。

「よかったんですか?」

 また咲良が訊く。その声は少し糾弾するようでもあった。

「ああ」

 少し強めの返事。何かと決別したかのように。それを受けて再び訪れる沈黙。お互いに相手の表情を窺おうともしない。静かに時だけが刻まれる。

 そこに風が吹いた。突然の風に咲良は思わず顔を上げる。風に吹かれて内人の顔が顕わになっていた。その顔を見た咲良は呟くように言葉を零した。

「どうして……」

 内人の眼は決意に満ちていた。

「どうしてなんですか……?」

 内人は口を開きかけ、そして閉じた。少し考えている。しかし、眼の光は消えていない。少しして内人が口を開いた。

「なのこと好きなんず。わった好き」

 聞き慣れない言葉。でも知っている。あの日と同じ響きだ。咲良は驚きに目を瞠ったが、すぐにいつもの笑顔をつくった。いや、いつもとはちょっと違う笑顔だ。今度は間違えないように言葉を選ぶ。

「私もあんたばばり好きやけん」

 これまた聞き慣れない言葉。でも知っている。咲良の言葉を、心を。

「だから私とおつきあいしてくれますか?」

 それに対して内人は照れて真っ赤になった頬を掻きながら言った。

「ああ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「ああ」とか言いつつ実はエロい妄想してるのやめなさい 桂 守秋 @hampen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ