第5話 ソリストと思いつきと三角関係 

 夏真っ盛り、夏休みの間も内人うちひとは部活の練習で学校に来ていた。例のごとく遅くまで練習があった。夏だというのに日が落ちてすっかり暗くなってしまっている。そんな中トランペットの音色が聞こえてきて内人は顔を上げた。三階、音楽室の方から聞こえてくる。横にいた斗夢とむが言った。

「あれ、妹ちゃん? 遅くまで頑張ってんなぁ」

「ああ」

「吹奏楽部も夏はコンクールで大変なんだっけか」

「ああ」

 そう言って内人はこの前の唯依ゆいを思い出す。


「あはっ。この度、わたし、トランペットでソロ任されちゃいました」

 その発表を受けて、咲良さらと内人は二人拍手をする。

「あれ? もっと『おお』とか言ってくれると思ったのに」

「ああ」

「どれくらいすごいのかわからないって、私もよく知らないから……」

「むぅ……。ソロっていったらあれだよ。たった独りで吹くんだよ」

「ああ」

「それがどれくらいすごいのかいまいちピンとこないって」

「マラドーナだよ」

「ああ!」

「それはすごいって、でも唯依ちゃん、私はわからなかったんだけど……」

石窯いしがまスチームオーブンだよ」

「すごいね! 唯依ちゃん!」

「コンクールでも吹くから、二人とも見にきてほしいなぁ」

「ああ」

「もちろん行くよ!」


 しみじみとそのことを思い出していると内人の頭にボールが飛んできた。

「ああ……」

 悶絶する。

「おい! 三戸さんのへ! 入間いりま! お前ら何やってんだ? 外周十回な!」

「ええ? 俺もっすか?」

 斗夢が抗議の声を上げるが意味はなく、二人は外周を走りに行く羽目になった。走りに出ていく時、もう一度音楽室を見上げる。変わらずトランペットのきれいな音色が響いていた。その時、内人はあることを思いついて斗夢に耳打ちをした。

「ん、まあいいぜ」

 そう言って斗夢も了承してくれる。


「あー! もうこんな時間!」

「やっぱり喋ってると時間がたつのが早いね」

「今日も楽しかったー」

 皆口々に言いながら席を立ち、片づけをはじめた。咲良もそれにならう。料理部はいつもこんな調子だ。料理をして、それを食べながらの楽しいおしゃべり。食べ終わっても時間を忘れて話し込んでしまう。

 皿を洗う咲良の耳にトランペットの音色が響いてきた。天の川がかかったようなきれいなメロディだ。思わず手を止める。

「唯依ちゃんがんばってるなぁ……」

「妹さん、吹奏楽部なんだっけ?」

「うん、ソロ任されたってはりきってたの。私も鼻が高いよ」

 石窯スチームオーブンを任された唯依を想って咲良は少し胸を張った。

「遅くまですごいねぇ」

「そうだね。何か差し入れしてあげたらいいかも」

 そこまで言って咲良は思いついた。あれしかない。片づけを終えると咲良は急いで帰り支度をして、皆に別れの挨拶をした。


 ♪~

 唯依の持つトランペットから力強くもゆったりと繊細なメロディが紡がれる。コンクール自由曲、曲目は酒井格さかいいたる作曲、The Seventh Night of July ‐TANABATA‐。唯依のトランペットソロは夜空にかかる天の川のようだ。リリカルでドラマチックな旋律が流れる。

「ふぅ……」

 もう何回目になるかわからない練習に一区切りをつけて唯依は一息いた。今回のソロは正直だいぶ誇らしいがプレッシャーでもある。まだ二年生の唯依にソロが回ってきたのは、はっきりいってかなりの重圧だ。先輩を差し置いていいのかという思いもある。だが、選ばれたことは素直に嬉しいし、当日、大好きな内人と咲良が見に来てくれる。これで頑張らないわけにはいかなかった。そんな時、音楽準備室のドアがノックされる。何だろうと思って開けると内人が立っていた。

「ミト? どうしたの?」

「ああ」

 それだけ言うと、内人は紙袋を差し出した。唯依が受け取るとすぐに走って行ってしまった。呆気あっけにとられた唯依であったが、紙袋を覗き込む。いつもの鯛焼きだ。唯依はとても幸せな気分になりながらそれを頬張った。いつもより甘い気がした。

「ありがとう……、ミト」

 唯依は自分の中に溢れる気持ちをもう抑えきれなかった。誰にも聞こえない声で呟く。

「コンクールで上手に吹けたら言えるのかな……?」

 咲良への気遣いもあったが、それはちょっぴり嘘だ。本当は内人と咲良の関係に敵わない気がして、自信がなくて言い出せないのだ。でも、そんな自分を後押しするチャンスを神様がくれている気がした。


 咲良は音楽室のある階まで来て先客がいることに気がついた。見間違いようもない。内人だ。音楽準備室の中の人物に紙袋を渡している。咲良も見知った紙袋。

「よかったね。唯依ちゃん」

 咲良はそう呟いて、元来た道を戻りだした。手には紙袋を持ったまま。困ったように寂しそうに呟いた。

「あーあ……、太っちゃうなぁ……」

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