第4話 部活と間接キスと三角関係

 これも昔の物語だ。遊び終わって帰ってきた女の子は、自分の家の隣に引っ越しのトラックが停まっているのに気づいた。気になってその新しい表札を見る。「三戸」と書かれていた。

(なんて読むのかな? ミト?)

 そうしていると、中から一人の男の子が出てきた。

「あっ……」

 そう言って男の子は固まってしまった。どこか落ち着かない様子で、そわそわ、おどおどとしている。その様子を見て女の子は庇護欲ひごよくを感じた。お姉さんぶりたくなったのだ。

「ミトくん? 今日引っ越してきたのかな?」

 それに対して男の子、内人はまた笑われてはたまらないと首肯しゅこうのみをする。彼にはこれより前に会った女の子と、この女の子の区別がついていなかった。

 その首肯する様子を見て女の子はますます母性を刺激された。かわいい。これが三戸内人さんのへうちひと伊地知唯依いちじゆいの出会いであり、ミトという呼び名の生まれである。後に、成長していく内人に唯依が惚れるのはまだ先の話である。そして内人が唯依に好意を寄せていくのもまた別の話だ。


「ねえミト」

 唯依が呼びかける。

「ああ」

「たいやき食べにいこ」

 内人の返事をほぼ待たずに唯依は提案した。

「ああ」

 内人が甘いものは苦手だと抗議するが、唯依は聞く耳を持たない。

「こんなに遅くまで部活してたんだもん。糖分補給しないと」

「ああ……」

 半ば引っ張られるように内人は唯依についていった。

 内人はサッカー部、唯依は吹奏楽部でどちらも遅くまで練習をしている。最終下校時刻ぎりぎりまで両部活とも練習させられるので、二人はよくこうして一緒に帰っているのだ。そして、唯依行きつけの鯛焼き屋はそんな唯依のためなのか、遅くまで営業してくれているのだ。

しかしこの日は、

「たいやきよっつ」 

「ごめんね。今日はよく売れてもう一匹しか残ってないの」

 唯依はこの世の終わりのような衝撃を受けた。

「はい……」

 力なく袋を受け取る。中を覗くとやっぱり一匹しかいない。もそりと唯依は鯛焼きをかじった。おいしい。が、やはり物足りない。

(あーあ、せっかくミトの分も買って二人で食べようと思ってたのに……)

 そこである思いつき。唯依は鯛焼きを自分が齧った方を内人に向けて言った。

「ねえ、ミト。いっしょに食べよ」

 差し出された鯛焼きを前に内人はうろたえる。そんな内人に向かって唯依は上目遣いになって言った。

「わたしとちゅーするの、いや?」

 ぱく。内人が鯛焼きを齧る。本能には逆らえない。というか逆らわなくていいだろう。唯依は仔猫のように笑いながら訊いた。

「おいしい?」

「ああ」

 照れくさそうに内人が答える。

「じゃあ残りはわたしの……」

 そう言って残った鯛焼きを唯依は頬張った。しばらくもぐもぐとしてから飲みこんで言う。

「これで二人ともちゅーしちゃったね」

 少し唯依の頬に朱が差しているように見えて内人は眼を逸らす。そんな内人を覗きこむようにして唯依はさらにからかう。

「どんな味だった? わたしの初めて」

「ああ……」

「もう、わかんないよ」

 そう言いながらも幸せそうに唯依は内人を連れて帰り道を歩いた。

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