第3話 けの汁とえっちな看病と三角関係
それは昔の話だ。彼らが小学生の低学年だった頃、
「内人、挨拶さへ」
母親がそう言って、二人は中に入ってしまった。一人残された内人は緊張しながらも、その女の子を見る。その時、電流のように走った想い、かわいいなぁ、そこから始まった想いは膨れ上がっていく。一方、その女の子も緊張している男の子を見て、びびっときた。
(わたし、この子と結婚する)
少しの間があって内人が口を開いた。
「わぁのなめえは、さんのへうちひとです。サッカーが好きでわやじょんずになりてず。好きだ食べ物は……」
そこまで言って女の子が笑っていることに気づいた。
「なすて、わらてるんですか?」
「変な言葉―」
内人は頬が熱くなるのを感じた。女の子は本当におかしそうにけらけらと笑っている。それ以来、内人は方言を喋るのを止めた。というよりほとんど喋らなくなった。そうして今の「ああマシーン」が生まれたのである。今の内人をつくった元凶の女の子、それは
「ああ……」
力なく内人は呟いた。ここは彼の自室。頭には
「ミトくん? だいじょうぶですか?」
咲良だ。
「ああ……?」
「おばさんがお家を開けるって言ったから、ミトくんの看病しようと思いまして……」
「ああ……」
「私は平気です。うつっちゃったりとか気にしなくていいですよ」
そう言うと咲良は内人の額に手を当てた。そして、自分の熱と比べる。
「まだ熱いですね。水分はちゃんと摂ってますか?」
「ああ……」
内人の返事に咲良は頷いた。そして時計を見る。
「もうお昼ですね。ミトくんはお腹すきませんか?」
「ああ……」
「何か食べられそうですか?」
「ああ……」
「じゃあ好きなもの言ってください。作りますよ」
内人は少し悩む。そして、出した言葉は結局、
「ああ……」
「何でもいいって……、ダメですよ。こういう時くらいちゃんと言ってくれないと……」
その言葉を受けて内人はまた考える。そして、
「けの汁……」
「けの汁?」
「根菜の澄まし汁みたいなもの……」
「わかりました。少しお台所借りますね」
そう言って咲良は部屋を出ていった。残された内人は考える。久しぶりに「ああ」以外の言葉を喋った。それも咲良の前で。自分が相当弱っていることに気づかされた内人は、おとなしく眠ることにした。
一方の咲良は、携帯でけの汁を調べ、冷蔵庫の中から材料を探していた。彼女も考える。彼が私に普通に喋った。よっぽど弱っている。傘を借りたことも含めて申し訳なくなった。せめて、おいしいけの汁を作ってあげよう。咲良は意気込むとキッチンに向かい合った。
「ミトくん? 寝ちゃってますか?」
優しい声に内人は目を覚ます。
「ああ」
「できましたよ。初めて作ったんでお口にあうか心配ですが……」
見るとお椀に注がれたのは、内人が知るけの汁そのものだった。
「ああ」
言って椀を受け取り、啜ってみる。味付けもちょうどよい。
「ああ」
「よかった」
心底安堵したように咲良は言った。その様子を見ながら、内人はゆっくりとけの汁を味わった。咲良も黙ってその様子を見ている。しかし、内人が半分ほど食べたところでつい
「ミトくんはあの時のこと……」
「あぁ……!」
内人は思わず手を滑らせて椀を落としてしまった。
「きゃっ! 大変! 火傷してないですか?」
「ああ」
「でもどうしましょう……? タオルと替えのパジャマはどこです?」
「ああ」
「ここですね?」
そう言ってチェストを開ける咲良の目に飛び込んできたのは「どきどき えっちな看病 幼なじみスペシャル」だった。少し硬直した後、一旦それを脇にどけ目的のものを取り出す。一方の内人は、つい答えてしまったがチェストの中には秘蔵のDVDが入っていたことを思い出して、声もなく悶絶していた。
咲良は内人の服を脱がし、その体をタオルで拭きはじめた。
「どうしてミトくんはそんなにえっちになっちゃったんですか?」
「ああ」
「男だからって……、答えになってない気がしますよ」
その背中を拭きながら咲良は思った。
(大きいなぁ)
知らず頬が赤くなる。背中を拭き終わった咲良は、今度はズボンを脱がそうとした。さすがに内人が抵抗する。
「ああ!」
「任せてください」
それに対して咲良も譲らない。上目遣いで内人を見て言う。
「えっちな看病してほしくないですか?」
内人がおとなしくなった。やはり男の
「ごめんね、ミトくん」
何に宛てての謝罪だったのか、はっきりしたことはわからなかったがいつもの通り答えた。
「ああ」
「ミトくんは優しいですね」
そうして、内人が再び眠るまで二人はそうしていた。
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