伝わらないもの

水嶋 穂太郎

第1話

「うおおらあああ!!!」

「ごふっ!」


 岩を砕かんばかりの拳が、相手の腹に突き刺さった。


「ちぃぃいい!!」

「ぐあっ!」


 しかし、負けじと繰り出された拳が、こちらの頬を貫く。


 一進一退の攻防に、観客たちもおおいに盛り上がっているようだ。

 周囲から歓声が送られる。


 戦いは試合時間いっぱいまでつづいた。

 今日も会場は満席。

 大盛況である。



 ◆ ◆ ◆


「ご来店、ありがとうございましたー。またのお越しをお待ちしておりまーす」


 うら若いお姉さんが、澄んだ声でお客さんたちを見送った。


「今日もかわいらしいじゃれ合いだったわね!」

「通う甲斐があるかしらん♪」

「……また来たい」


 あどけなさの残る少女たちが、夜の濃くなった街道へと消えていく。


 店員のお姉さんはエプロン姿のまま外に出ると、トビラに備え付けられた横長の板をひっくり返した。【Open】の文字が【Closed】に変わる。


『ぎにゃー!!』

『ぐにゃー!!』


 トビラを開けて店内に戻ったところ、戦いは延長戦の模様をていしていた。



 にゃんこ喫茶【ねこぱんち】。


 今日も平和な一日であった。

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伝わらないもの 水嶋 穂太郎 @MizushimaHotaro

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