第77話 泡沫の想い

 幸福バランサーの中、そこにはとても不思議な空間が広がっていた。

 水色のガラスのようなもので出来ている大きなタンク。

 タンク内でまるでサイダーのように発泡を繰り返す透明の液体。

 タンクから沢山の透明なパイプが出ており、その途中には計器メーターがついていた。

 計器メーターの針は常に左右に揺れていて、僕にはそれが何を指し示すのかはわからなかった。

 正面の大きめなスクリーンも、計器メーターの針と連動して何かの値を表示している。

 スクリーンの下には研究施設のあの部屋で見たようなキーボードや小さなディスプレイはもちろん、何のためにあるのか分からないボタンやレバーがずらりと並んでいた。

 小さなディスプレイに向かっている博士は、キーボードでカチャカチャと何かを打ち込んでいた。


「博士。これは……?」

 僕は後ろから博士に声を掛ける。

 振り返ることなく博士は返事をする。


「ああ、これが幸福バランサーだ。まるでジュースの工場みたいだろ?」

 博士の言う言葉で僕ははっとする。


「あのすみません、博士! 弟呼んで来ても良い!?」

 そう言いながら僕は、もう既に出口のハッチを開けている。


「ん? 構わないが、あまり時間はないよ」


「大丈夫! これ見せるだけだから!」

 ハッチを飛び出て、僕は弟に叫ぶ。


「おい! ちょっと来て! 面白いものがあるぞ!」

 ほぼ工具などの道具を台車に積み終わった弟が、僕の声に反応してこっちに来る。


「えー? なになに?」

 僕はハッチの扉を閉まらないように押さえ、その脇から弟は中を覗いた。

 内部のこれを見たらきっと、弟も僕と同じ事を思うに違いない。


「えっ、これってさ――」

 弟はもしかして。と僕の顔を見てニヤつく。


「やっぱ、そうだよな?」

 僕はそう言って、ふふっと漏らす。


「これ、どう見てもラムネの瓶だ――」

 その弟の言葉で、弟も僕も耐え切れず、あははと笑い出した。

 僕らの笑い声でびっくりして、くるりと振り返る博士はとても不思議そうな顔をしていた。


「なんだなんだ! 何がそんなにおかしいの?」

 単なる知的好奇心なのか、しきりに博士は僕らにその笑いの理由を聞いていた。

 ひとしきり笑った後も僕と弟は、博士の作業を後ろから見ながら、クスクスと肩を震わせるのだった。




「よし。準備完了だ。そろそろいいかな?」

 博士は真剣な顔をして僕に言う。

 既に弟は、外で助手の猫と待っている。

 僕は静かに頷く。


「じゃあ申し訳ないが、キミの幸福のチケットを一つ頂くよ。 そこのパッドに手を置いてくれ」

 博士の指し示す先に、教科書くらいの大きさの黒い板が置いてあった。

 僕はその黒い板に、静かに手を置く。


「これで……いいですか?


「うん、大丈夫。すぐに終わるよ」

 そう言うと博士は、また小さなディスプレイに向かってキーボードを叩く。


「幸福のチケットは、幸福バランサーを起動するのに必要なんだ」

 カチャカチャと何かを打ち込みながら、博士がそう言うと、黒い板に置いた僕の手がまるで掃除機に吸引されるように黒い板に吸い付いた。

 しばらくしてすぐに、屋根の上から機械音が聞こえ始める。


 ガコンッ……ゴゥンゴゥンゴゥンゴゥン……


 その音は何か大きな歯車のような部品が、活動を始めるような音だった。

 するとタンク内の透明な液体は、より一層発泡が激しくなり、ぶくぶくと下から上へと水泡を沸きだし始める。

 それはまるで水槽の中の、エアーコンプレッサーのようにも見えた。

 そして僕は黒い板の吸引が、いつの間にか止まっていることに気づく。

 タンクの上部の先が細くなっているところから、ゆっくりと透明な球体が下りてくる。

 その球体がタンク内の液体に浸かるのを確認した博士は口を開く。


「よし、これで再起動完了だよ。次に行こうか」

 難なく1基目の幸福バランサーの修理は完了した。

 考えていた以上にあっけなく修理と再起動が終わったので、あと11基もすぐに終わるんじゃないかと僕は安堵していた。

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ガラス玉の幸福論 須和部めび @Mebius_Factory

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