第23話 冷たい河と不格好な努力
「ふふふ。えへへへ」
巨大な機鳥の背でちゃぷちゃぷと川に揺られているうちに暗くなり始めた操縦席で身体を揺らしていたパルムシェリーが、いよいよ興奮が収まらなくなってきたかのように背後のディンへと小さな頭をくいくいと伸ばし始めて。
「おい、あんまり暴れるな。古い機械なんだから、いつ壊れてもおかしくねえぞ」
さすがにそれを咎めたディンが、宵闇に目を凝らそうとすると。
ふいに。
「愛してるって言いました!」
ぐるりと振り向いた金色頭が背もたれの上へと飛び出してきて。
「先ほど! どさくさに紛れてディンさんは愛の告白をしましたね!?」
「うるせえな」
宵闇にらんらんと輝く青い瞳に、ディンは照れくさそうに髪を掻く。それからしばらく無言のまま、幸せそうに笑う相棒の視線に耐え切れなくなったように。
「……まあな。丁度気分もよかったし、それに――」
「それにそれに? なんですか? あ、待ってください! 分かりました。大冒険家パルムシェリーの大活躍を目の当たりにして、すっかり惚れ直してしまったのですね。はいはい成程そうですか。しかしそれも仕方がありません。ディンさんが素直になってくれて嬉しいです」
えへへーとだらしなく笑う相棒の前で、男は縦長の瞳を左右に振りながら。
「んじゃ、それでいいさ」
「なっ! 駄目です! よくありません!」
途端に青い目を尖らせた冒険家は、全身で機体を揺らしながら。
「確かに先ほど、落ちていく鳥の背でこの私は聞いたのです。嘘をつかないことと嘘を書かないことは我々の約束ですよ」
流れる小舟を揺らし続ける相棒の横暴に、ディンは苦笑して。
「わかったわかった。言ったよ。確かに。これでお別れかもと思ったからさ、つい、うっかりな」
ぶっきらぼうな彼の声を聴いたパルムは、少し複雑な顔になり。
「……そうですか」
とつぶやくと、首をすくめて川の先を向いてしまった。
「……なんだよ。なにか気に入らなかったか?」
夕暮れの橙色から夜の白へと波の色を変えた川の上、問いかけたディンにパルムは背を向けたまま。
「なんだって。ちゃんと言ったろ? 愛してるって」
「そんなの駄目です。ずるいです。そういうんじゃないんです。愛とは別れによって輝く結晶ではなく、恒久的な努力とそれによってかろうじて形を保たれる不完全さこそが美しいのだと学んでおりますので」
つーんと鼻をとんがらせる相棒の冷たい瞳に、ディンはにやにやと笑いながら。
「いいじゃねえか。ほら、愛してるぜ、パルムシェリー」
両手を広げておどける男に、乙女心はすっかり鼻白んで。
「もう駄目ですぅー。愛の言葉は締め切りました。もはや彼女の心は冬の湖よりも冷たく、花の一本も咲きはしないでしょう」
遠くで輝きだした月明かりに照らされる相棒の鼻に、ディンはそうかよと笑いながら。
「……? 見ろ、パルム」
突然に、遠い川辺を指さして。
「見ません。私はごまかされませんので」
とそっぽを向いた金髪の後ろですっと立ち上がり。
「火だ」
「はい?」
思わず指さす方を見た冒険家の瞳も、すぐに大きく見開かれた。
「!? あのおじいさんの!」
暗闇に輝く小さな炎と煙が例の老人が燃やしていた火だと気づいた途端、パルムも立ち上がり。
「おじいさーん! おばあさーん! 見てくださーい!」
と大きな声で呼びかけ始めた。
「おじいさああああんん!! おばあさあああん!」
静かな川に何度目かの彼女の声が響いたとき、小屋の扉が開くのが見えて。
「おばあさあああああん! こっちですうううううう!!」
小さな体を目いっぱいに振る相棒と、慌てて家の中へ人を呼びに行ったお婆さんの小さな影を見比べていたディンは、やがてはっと何かに気が付いて。
「パルム! 泳ぐぞ!」
「はい?」
と振り向いた彼女の手を取りながら。
「じいさんの話を聞いたろ? 多分、こいつは『存在しない事』にされてる物なんだ。あそこに俺たちが侵入したのはとっくにバレてるだろうし、飛んだのだって誰かに見られてるかもしれねえ。このままぼんやり川の真ん中にいたんじゃ、太陽が上がるころにゃ逃げ場がなくなる」
黒髪の真剣な物言いに、パルムも頷く。
「な、成程。……もしかして、眠れる遺物を見つけた冒険家として英雄になったりは――」
「なりゃしねえさ。遅くてもアレリアに着いたら捕まるだろ、あのメガネが言ってた『世界の頭』っつう連中にな。しかも万が一英雄になれたとしても、光写機に取られて世界中にあんたが生きてることがバレちまうぜ」
「そ、そうですね。それは、かなりまずいかもしれません。ええと……ですが、その……」
「なんだよ? 助けてくれそうなのはあのじいさんたち位だろ? なんとかアレリアを抜けさせてもらんだ」
背中を押す相棒の手に抵抗をする相棒は、うううとうなりながら。
「じ、じつは私、泳ぐのは、その……初めてで――」
そんな少女の困惑を一笑したディンは。
「メンチの光写機は? 持ってるか?」
「あ、はい」
慌てて腰の袋を確かめた小柄な相棒に、彼は大きくうなずくと。
「よし。濡らすなよ」
言葉よりも早く、静かに、夜の河へとぱしゃりと飛び込んで。
「ほら、来いよ」
と水の中から手を伸ばした。
「~~~ぅ」
欠けた月と、その光にうっすらと照らされる黒髪の青年と、冷たそうな水を見比べながら、己の頬を摘まみに摘まんだパルムシェリーは。
「っ!」
最低限の旅の荷物が入った小さなバッグを夜空に高く掲げると、相棒の手の中目指して大きな鳥の背を蹴った。
果てしない旅 たけむらちひろ @cosmic-ojisan
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