#4 四百四病の内 後編

 その後、鳴見 坂子はとある倉庫で気を失っているのを朝早く来た社員が見つけ、佐野 亜樹は近くの病院に搬送、後に意識を取り戻した。しかし、どちらとも起きた出来事の記憶は全く覚えておらず、警察は第三者の関わりが深いと捜査を続けている。


「どちらとも記憶がない、ね……」


 神林はジャスミンの香りを嗅ぎながら一口飲み、テレビ画面を眺めながら呟いた。ポケットから乳白色のコインを出してまじまじと観る。


「アレの完成を早めとかないとな……」




 一方、春宮は警察署に戻り佐野の周辺人物を調査で、驚きの事実を目の当たりにしていた。


「どうしたんや、春宮君?」

「いえ、佐野 亜樹の周辺を調べていたら……」


 それはとある交通事故の新聞の一面。歩行者が青信号で渡ろうとした際に、飲酒運転で信号無視した車が侵入。その後、歩行者は帰らぬ人となってしまった。


「それに載っていた人物の名前が、田中 祐さん。彼女と同じ高校の同期なのですが……」

「成る程。会った人物は偽者だったわけか……」


 その時、春宮のスマホに「謎の男」から、連絡が来た。その場から一旦失礼して、非常階段付近で電話をとった。


「なんだ?」

「今夜、情報交換しないかい?場所はいつものバーで」

「……わかった。今夜11時ごろに行く」


 * * *


 夕陽を背中で受けながらバイクで店に戻った友一。ようやく安堵した気持ちで扉を開けると、たった今ハーブティーを淹れた一実の姿があった。


「おかえり、友一」

「あぁ……ただいま」


 一日ぶりに見た彼女の環境適応力に関心しつつ、もう一人の気配がないことに気づく。


「あれ?店長は?」

「今、部屋で何か作業しているみたいよ」

「そうか……」


 そう言って「作業中」と書かれた小さな看板がかけられたドアを見た。たまに閉店になった後、部屋に籠って機械音を響かせながら何かの作業をしている。一度、中で何をしているのかと質問してみたが「それはちょっと秘密」と答えを濁した記憶がある。


「どう?ハーブティー、飲む?」

「そうするよ」


 淹れたてのハーブティーを飲もうとしたとき、勢いよくドアを開けて慌てる店長だった。


「店長、今から何処へ?」

「悪い、今日ハーブの卸の人と約束があったこと忘れてた。今晩二人で食べてくれ!」


 それを言うが早いか、ドアを開けて疾風の如く出掛けていった。多分、コンロの上に置いてあるフライパンの中身が夕飯だろう。仄かに魚の脂が香る。


「はい。どうぞ」

「あぁ」


 エゾウコギ独特の匂いを鼻腔で感じながら、啜った。甘味が喉を通り次第に身も心も落ち着いてきた気もしてきた。


「そうだ、夕食後にデザートを買ってきたの」

「へぇ、どんなの?」


 それを聞くな否や、テーブルの上にドサッと買い物を置いた。


「どら焼きに、羊羹。どら焼きはこし餡とつぶ餡があって、羊羹は栗入りが……」

「お前、和菓子派だったのか……」


 友一はシュークリームを食べたい気持ちをエゾウコギと一緒に奥へと流し込んだ。ついでにどら焼きをリクエストして。


 * * *


 春宮は、謎の男が待ち合わせにしているバーへと先についていた。オーナーはいつものように、お決まりの席へと案内された。その直後、謎の男が来店した。


「珍しいな、お前が後に入るなんて」

「ちょっと野暮用があってね」


 そして二人はウィスキーのロックと生中を注文した。それまではお互い無言をきめている。話は酒の肴がわりであるからだ。

 やや長く無言が続いたとき、空気を打破してくれたウェイターが注文を二人の前にサーブした。


「あの事件、進展の方は?」

「あぁ。佐野 亜樹と会ったとされる田中 祐は既に故人だった」

「成る程、変身系のヤツか」

「心当たりがあるのか?」

「無いわけじゃない。でも、今動けば君が狙われる危険もある」

「……」


 そう喋った男の言葉は力強さがあった。何か忠告するように、踏み入れてはいけないラインを示すように。


「しかし、このまま放っておいても被害が増える一方だぞ」

「彼の存在を忘れてないか?」

「彼って……」


 その時、あのフルフェイスのメットを被った人物が浮かんできた。


「あの仮面のか……」

「彼は今のところ、ビョーマに刃向かう唯一の存在だ。彼との接触を考えといた方がいいんじゃないか?」


 その質問に、春宮はすぐには頷けなかった。


「例えその力を持っていても、一市民を巻き込むのは警察としては素直に賛同できないな」

「……まぁ、それはそっちの都合があるから仕方のない事か」


 男は回し、カラカラとグラスを回して一口啜った。


「今朝のニュースだが、あれは少し裏がある」

「裏?」

「あぁ……」






「あークソッ!!」


 寝静まった時間に、青年北条ほうじょう 敏郎としろうが暗闇に光る画面に噛みつきながら、コントローラを怒りに任せて布団へ投げた。ついでにコーラを胃を流し込む。


「アイツに……アイツだけには勝つんだ」

「ならば、力が欲しいか」


 その声に驚きながら後ろを向いた。暗闇にシルエットだけが忽然と浮かび上がり、紫色の目が光っている。


「だ、誰だよ!」

「俺は貴様に奴に勝つ法を授けようとする者」

「そんなもん、要らねーよ!」

「ならば次は勝てるのだな」


 その言葉に北条は詰まった。その反応を見透かしていたように、浮かぶシルエットは手から何かを出した。


「これを貴様に渡す。使うか否かは考えろ」


 そう言って、浮かぶシルエットは消えた。いた場所には謎のボックスとコインが画面の光に照らされていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

SURVIVER 熟内 貴葉 @urenaitakaha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ