第36話 地球防衛少女

「いったい何なのですか!皆して主殿を人身御供に捧げようなどと!

 大体その爺(じじい)の言う事には根拠がありません!主殿を殺せばこの星が救える?ふざけた冗談です!

 兄上もです!兄上の話では星の現身を作り出し、治療法を見つけるのではなかったのですか!」

「……勿論、それが出来れば幸いだ。だが我々には時間が残されていない、不確かな術を探すよりも、その人造の神に全ての呪いGENを押し付けて、封じてしまう方が確実だと私は考えるのだよ」

「ッ!まだです!今全てのGENを押し付けると申されましたが、そんな方法ある訳がない!奴らは無限に存在し、打ち滅ぼす事の出来ぬもの!それをどうして全てのGENを押し付けるなど叶いましょうか!」


「そいつは簡単だぜ、嬢ちゃん。その小僧にGENを感染させるたったそれだけの話だ。

 いいか?逆に考えるんだ、そいつは世界の現身になれる、ならそいつがGENに感染しちまえば、世界全てがGENに埋め尽くされたことになっちまうんだ。後は煮るなり焼くなりだ」

「……八正空間に行けば、GENのみを引きずり出すことが出来る、ならば、例え主殿を感染させたとしても、その感染した元のGENだけを討伐すればよいのでは」

「駄目だね、小僧と世界の同一化は進み過ぎている。打ち倒したなら諸共よ」

「ッ!……違う!違う違う!みな机上の空論だ!そんなこ――」

「残念だけど、牛若さん。八咫研究所でも同意見が出ているわ」

「政子殿!」


 牛若は、孤軍奮闘。実の兄と、敵の親玉、そして中立の研究所が出した答えに反論し続ける。

 俺は、どうなのだろう。俺の事について話していると言うのに、やけに冷静と言うか現実感が無かった。俺が生贄になれば、牛若達の世界は救えるのだろうか。本来、こっちの世界なんて俺には全く関係ない世界だった、今だって牛若達の世界と言うのが俺とこの世界とのつながりでしかない。


 だが、この世界は死んでしまうのだと言う。


 そうだ、そのことは確かだ。世界の現身なんて訳分からん状況を聞かされた今はっきりとわかる。つい先日戦ったGENだ、アレがこの世界の死だと言うのならば、この世界はとっくに死んでいて、今はロスタイムみたいなものだ。数年は持つだろうがその先は分からない、そんな末期状態だ。

 牛若と出会い、なんだかいろいろやってきたが、基本的に俺は受け身で、大した覚悟もせずに状況に巻き込まれてきた。そんな俺で、そんな俺が……。


「まぁまぁ、嬢ちゃん落ち着けよ。俺たちは肝心かなめの坊主の意見を聞いちゃいねぇ。まぁ平家としてはどっちに転ぼうが、向こうの世界への進出はやめやしねぇ。だから小僧が生きようが死のうが知ったこっちゃねぇってのが本気の所だが、そりゃあ故郷の星が生きてる方が気分がいいって言う程度だ。

 そんで、お前さんはどう考えてるんだい?」

「…………」

「まぁそうだ、そんなに簡単に答えが出る問題でも」

「いいです。志願します」

「ほぅ」

「俺は今まで、何の覚悟も無く生きて来ました。そんな俺でも牛若の為に――」


 激しい衝撃に光が消えた、ついでに首から上が無くなったんじゃないかと錯覚した。


「ふざけないでください主殿!自ら生を諦めて!それでこの牛若が喜ぶとお思いですか!」





 目が覚める、そこは知らない天井だった。


「お目覚めでございますか」

「あっ、政子さん、ここは」

「客間の一つでございます、真一さんは先程の事お覚えですか?」

「先ほど…………あー、牛若にぶん殴られた?」

「えぇ、医療係の診断ではもう大丈夫の様です、もっとも頭蓋骨の複骨折と脳挫傷がみるみる完治していくのを見て不思議がっていましたが」

「んー、我ながらそんな事を言われても。ところでなんでこんな体になったのか研究所で意見出てますか?」

「星の現身となった事が、関係しているのでしょう。星はまだ生きているのに、現身である佐藤さんに死なれては」

「矛盾が生じると?」

「おそらくはですが」


 なるほど、そう考えてみれは、現身化と言うのは、かなり初期から進行していたのかもしれない、そして俺が死ぬ度に、その速度は加速していっていたのかもしれない。


「んー、じゃあもしかして為朝さんも?」

「そうですね、今思えばあのお方も現身としての適性があったのかもしれません」


 なるほど、あの無敵超人と同じ扱いと言うのは男として少し誇らしくもある。さて、現実逃避はここら辺にしておこう。


「あのー…………、それで、牛若と、会談の事は?」

「牛若さんは現在客室に籠城中です。けして誰も入るなと見事なまでにへそを曲げておられます。

 会談の方は、真一さんが退場したことで、本日の所はお開きとなりました。明日また開催される予定となっておりますので、本日の所はごゆるりとお休み下さい」


 政子さんはそう言ってベルを鳴らすと、食事を持ってきた侍女が入室して来て、それと入れ替えに彼女は出ていった。





「はぁーーーー」


 心の奥から全ての濁った思いを叩きつけるようなため息を吐く。それはまぁ少しは、反対されるかと思っていたが、脳挫傷と複骨折レベルの一撃を食らうほどの反対をされるとは思っていなかった、と言うか俺の世界じゃ即死レベルの一撃をぶち込んどいて、反対て。

 今だから思う、俺はあいつにあこがれていた。あいつの芯を持った強さにあこがれていた。俺は自分と言うものが無い人間だ、今まで適当に生きて来た。そりゃ努力もした、頑張った思いでだって山ほどある。けどそれは周りに流されたり、適当に方針を決めてからの受動的な努力だった。


「それが初めて自分で決心をしたってのに」


 あいつが俺の事を思ってくれているのは分かる、それが義侠心か愛情かまでは分からないが、プラスの感情を抱いてくれているのは分かる。


「なら、認めてくれたっていいじゃないか」


 生まれて初めての、心からの決断なんだ。こうしたいと思ったんだ。なのに一番大事な人に否定されてしまった。

 遅まきながら忠信さんの気持ちが、言葉ではなく状況で理解できてしまった。


 そうして1人黄昏ていると、ノックの音が鳴り響いた。俺は期待してドアを開いた。





「はぁ゛―――――――」


 地獄の底から滲み出る様なため息一つ、そこにいたのは目当ての人うしわかでなく、禿げ頭の爺さんだった。


「どーこで、フラグの管理まちがっちゃったーのかなー、どーしてこうなったー」

「おいおい酔っぱらってんのか?その年で酒に逃げるとろくな人間にならねぇぞ?」


 くそ爺は笑いながらそんな事を言ってきた、知るかボケ。


「まぁいい、迎え酒だ、飲んどけ小僧」

「適当な事言っておきながら、勧めてんじゃねぇよ」


 盃をひったくって、爺のお酌で飲む。もはやこいつが元安徳天皇陛下様だとかそう言った事はどうでもいい。傷心の俺に怖いものなどなにも無かった。


「で、決心はかわらねぇのかい」

「なんだよ、あんたも俺を止めに来たのか?」


 酒の味なんかわかりゃしないが、飲みやすい酒だと言う事は分かった、多分いい酒なんだろう。


「はっんなわけあるかい。昼間行ったとおり、俺はどっちに転んでも構やしないって立ち位置だ。だけど、嬢ちゃんにしこたまぶん殴られてたからよ、笑いに来ただけだ」


 同じ世界の人間としてな。そう言い、爺は返杯を促す。静かな部屋にトクトクと言う軽やかな音が静かに広がっていった。


「なぁ、世界の為に犠牲になるってのは間違った事なのか?」


 疑問を口に出す。


「はっ、俺が知るかよそんな事」


 爺は適当な返事を返す。


「ただまぁ、そうしてくれると救われる人が大勢出るって事だけは確かだな」

「なら……」

「分かってんだろそんな事は、それとこれとは話が別、世の中すべて算術で回っている訳じゃねぇってよ。

 もしかするとお前さんの行いは、無常に立ってブッダに身を捧げた一羽の兎と同じことなのかもしれねぇ。だが、ブッダでさえそれを受け止めるのに苦悩したんだ、あの年頃の嬢ちゃんがそう簡単に受け止められるはずがねぇ」

「だったら……どうしろってんだ」

「だから言ってんだろ、俺は知らねぇから好きにしろよ。行こうが引こうがテメェの勝手だ、俺はそうして生きて来たぜ?」

「……、爺。アンタ一体何しに来たんだ?もしかして励ましに来たのか?」

「言ったろ、悩める若人を笑いに来たんだよ」


 そうして酒を置きっぱなしにした爺は、来た時の様に唐突に帰って行った。





「……牛若様、このままでよろしいのですか」


 私が自主的に牛若様の意見を求めるとは非常に珍しい事だ、もしかすると今回が初めてのことかもしれない。

 だが、わが主はテレビゲームに没頭したまま、少したりとも動かない。骨董品を通り越して、歴史的文化財レベルの液晶テレビの中では、ディフォルメされた少女剣士が空を舞いつつ2刀を振り回している。


「牛若様」


 2度目の呼びかけ、これは正に今回が初めてだ。これこそ従者失格だ。だが私は問いただせずにいられなかった。そのことが牛若様の、そして真一様の為になると信じていた。

 だが、牛若様は微動だにしない。返事の代わりにブツブツと画面に向かって独り言を繰り返すだけ。

 ここまででしょうか、牛若様は此処で終わってしまうのでしょうか、でもそれならそれで構わない。こんなにも苦しいのなら、こんなにも悲しむのなら、こんな世界など守らずに捨ててしまえばいい。

 信じていた部下2人に裏切られた、もう1人は亡くなった。おまけに実の兄にも裏切られた。こんな世界など、こちらから裏切り真一様の世界にでも逃げてしまえばいいのではないか。


「る、  切る   を   る  は 才   念」


 ブツブツと、聴覚を最大限にしても聞こえないほどの大きさで牛若様は何かを呟きながらゲームから離れない。

 3度目の問いかけ。


「牛――」

「喧しいぞ弁慶!某は作業中だ!気が散る!出て行け!」


 私は一例した後、牛若様にあてがわれた部屋から退室し、扉の外で主が出てくるのを待っていた。





「決心はついたかな」


 翌日の会議、源氏側で出席したのは頼朝さんと俺だけだった。牛若は相変わらず部屋にこもりきりだと、ドアの前で彫像のように立つ弁慶さんに教えてもらった。

 そして室内の中央には厳重に封がなされた箱があった。間違いないだろうあの中にGENが居る。どうやって捕獲したのかは分からないが、漂ってくる死の気配からそれが分かる。


「はい、返事は変わりませんでした。俺はこの世界、いや牛若の為に出来る事をしたい」


 俺は、頼朝さんの目を見ながらきっぱりとそう言った。牛若に分かってもらうなんて傲慢な思いは捨てた、俺は俺の決めたままに進むんだ。その先が俺の死であってもそれはただの結果に過ぎない。俺だって、牛若の様に何かを守ってもいいはずなんだ。


「そうか、小僧がそう決めたのならもういいだろう。教経」

「了解です親父」


 教経が、草薙を片手に俺の前に来る。こいつは継信さんを殺した男だ、その男に殺されるのは、少し癪だが、こいつ以外にこの剣を使えるのはあの爺しかいないので、あれよりはマシと辛抱する。


「良い目だな小僧。あの兄弟、佐藤兄弟と同じ目だ。あの腑抜けた世界で生まれ育った男がその様な目を出来る、尊敬に値するぜ」

「……初めて、お前を感謝する気になったよ。継信さん、忠信さんの最期を見届けてくれたこと感謝する」

「へっ、それじゃ八正起動する――」


「お待ちくださいでございますッ!」


 ドアを開ける、ではなく。ドアをけ破ってフルアーマー弁慶さんが突入して来た。しかも今まで聞いたことのない大声を張り上げながらだ。


「何事だ弁慶!」


 そのあまりにもな行動に、頼朝さんが問いただす。


「牛若様のご命令でございます、真一様の処遇今少しお待ちいただきます」


 彼女はそう言って、この部屋にいる真一以外の全てに照準レーザーを投射する。


「かっ!流石は源氏製、アンドロイドが血迷うか」


 教経は万が一にも草薙が傷つかぬよう背後に隠し構えを取る。


「ったく、なんなんじゃこりゃ」


 知盛は、清盛の前に立ちその身を盾とする。


「弁慶、気がふれたか」


 頼朝は、そう言いながら、政子さんに何か合図を送る。


「いえ、気がふれたと言うのなら、わが主牛若様の方かと。私は主命に基づき行動しているに過ぎません。

 牛若様はこうご下命くださいました『あらゆる手段を用いてもよい。某が到着するまで、主殿の処遇その身に変えても止めておけ』と」


「何を言って?」


「後は、個人的趣味を多少加えた結果がこれでございます、私も昨日の会談には多少思う所がございましたから。

 それと、政子様、緊急停止信号を送っても無駄でございます、そんなモノ牛若様の元に配属された際、牛若様が即座に叩き壊してございます」

「ちょっ、弁慶さん、落ち着いて」

「後、私が一番憤慨しているのは、真一様、貴方に対してでございます。貴方様は牛若様の為とおっしゃいつつも、牛若様をもっとも苦しめているお方でございます」


 そう言って彼女は、長刀の切っ先を俺に向けて来た。


 じりじりと時が過ぎる、この中で武装しているのは、草薙を持った教経を除けば、北条方のアンドロイド従者のみ、だがその従者と弁慶さんではあらゆる面で違いすぎる。

 はははと、呵々大笑が響く。その元は清盛のくそ爺だ。


「いいじゃねぇか、頼朝。ここまでの事やらかしてんだ、昼位なら待ってやろうぜ」

「ですが、翁」

「なーに嬢ちゃんも覚悟の――」

「出来たーーーーーーーーーーーーー!!!」

「ったく今度は何だってんだ!牛若!」


 思わず笑みがこぼれる、何が何だか分からないが、やっぱりこいつはお約束と言うものを理解してない大馬鹿だ。


「出来た出来た出来ましたよ主殿!やっぱり某、大・天・才!予想をはるかに上回る速度で完成しましたとも!」

「おい、牛若、一体何を言っているのかこの兄に説明してくれ」

「あー、兄上には理解できない話かもしれません。これはそうですねやはり向こうの世界の文化に触れたことのある人間にしか理解できない話でしょう。

 いいですか、向こうの世界特に、主殿のいた国では戦争が無い代わりに大衆娯楽が満ち溢れておりました、その中でも某が気に入ったのはテレビゲームでしたが、それはひとまず置いときます。

 ところで、昨日の主殿のふざけきった宣言に拙者は反射的にぶん殴ってみたものの、反論は浮かんできませんでした。これはムカつく腹が立つと思い何か言い手はないかと思案しつつ、その反論のきっかけが確かゲームの中にあったと思い調べてみたら大正解でございました!」

「ゲームの中?お前何言ってんだ?それにその目の隈、昨夜は寝ないでずっとゲームしてたって訳か?」

「半分正解です主殿!」


 目に隈を作り、汗で前髪が額に張り付いている牛若はテンション最高潮のまま話を続ける。


「某が見つけたもの、それはすなわち概念を切ると言う概念です!」

「……概念を切る?」


 その場にいる全員の頭にはてなマークが浮かぶ。理解してるのは牛若だけ、理解しなくてもよいと思っているのは弁慶さんだけだ。


「そうです、主殿にGENすなわち星の死の概念を擦り付けて、主殿ごと叩き切るのではなく。主殿に取りついた、星の死の概念のみを叩き切ればよいのです!」

「いやお前なに言ってんの」

「出来ます、いやさ出来ました!部屋の調度品ほぼ全てを叩き切ってその方法を探したところ、先ずは花瓶の中の花の茎のみを切ることに成功、その後はなし崩しです。外側を切らずに中身を切るコツを覚えた某は水槽の金魚を一切の傷つける事無く切り殺す事に成功いたしました!」


 駄目だこいつ、早く何とかしないと。と言うか変な薬でもやってるんじゃないだろうか。と心配になってきたところで、助け舟に泥舟を差し出す狸爺が居た。


「なに言ってるのかこれっぽっちも理解出来ねぇが、ともかく嬢ちゃんの準備は出来たんだな?だったら早くやろうぜ、俺だってそう暇じゃねぇ」

「いやちょっと待って、ここシリアスな場面!俺の立場は!」

「かっはっは、そんなもん知った事か、昨夜言ったろ坊主。俺はな、お前さんの運命がどう転んでも問題は無いのさ」

「てめぇこのくそ爺!!!」





「あー、それでは、初めて構わんのだな牛若」

「ええ勿論!私は大丈夫ですとも兄上!おい、さっさと始めるんだよ馬鹿太郎」

「ちっこのクソ女。突然現れたかと思いきや、全ての空気を持っていきやがって。

と言う訳らしい、なんかすっかり力が抜けちまったがやるぞ小僧」

「あー、そうだな、全部馬鹿らしくなってきたがやるか」


 と、悪い意味で脱力した俺と教経は実験の準備を始める、テンションは最悪だが、これは世界を救うための大切な、そして最初で最後の実験だ。なにしろ必要な被検体は俺しかいない。


「えー、ではGENを解放しますよ?」


 話に全くついていけなかった常識人の政子さんが半信半疑に俺の目の前でGENを解放させ――


 どろりと

 腐った深淵が





「全く、最終決戦にボスラッシュとは主殿はお約束が過ぎるでしょう!」

「うるせぇ!訳分かんねえこと食っちゃべってないで手を動かせ!」

「教経様、後ろでございます」


 そこは異常な空間だった、通常八正空間を展開すれば、モノトーンの色調へと転換された以外は、現実世界と同じ空間になるはずであった。


 教経が八正空間を展開したのち、異変は起きた。空間の中央に現れたGENから無数の世界が飛び出してきたのである。それは折尾の街並みであり、真一の大学であり、HTBの中央塔であり、大濠公園であり、こちらの世界のビルであった。そしてその全てが崩壊し、破壊され、炎に包まれ、死に満ちていた。全てが死の世界だった。

 そして、その様々な空間が、飛び出る絵本の様に飛び出し、牛若と弁慶、そして教経はその濁流に押し流されていった。


「大体なんだ貴様は、何故そんな太刀で戦っておる!貴様ら自慢の草薙とやらで全部まとめて切り裂けばよかろう!」

「うるせぇ!アレは特別なんだよ!俺の力じゃ1日1回しか振るえねぇ!」

「使えん馬鹿犬めが!」


 口調とは裏腹に、3人の息はピッタリだった、牛若が風穴を開け、教経が押し広げ、弁慶が2人をフォローする安定感のある陣形が組まれていた。

 世界が切り替わると敵も切り替わった、無数のGENが押し寄せて来た。顔のない巴型のアンドロイドが陣形を組んできた。


「こっちだ馬鹿犬!」

「なんで分かんだ!てめぇ!」

「はっ!知れたこと、この世界は某と主殿が歩んできた戦場!いわば愛の絆よ!」

「物騒な絆があったもんだなぁ!」

「何とでも言え!某は主殿を愛している!そうだ!やっとだ!やっとわかったのだ!昨日主殿を殴り倒した後に浮かんだ気持ち!主殿を失うと分かった時の悲しみ!某は主殿を愛しているのだ!」

「……何だかよく分からんが、あの小僧に同情だけはしとくぜ」





 森を抜け、山を抜け、街角を抜けた先に、その巨大な建築物は建っていた。高さ60m、南北240mあるL字型の建築物、JR博多駅である。


「おい!デカイのが来るぞ馬鹿犬!」

「あん?なんだって!?こっちは忙し……」


 教経が、振り返った先にあったのは、博多駅を優に超す高さの白い巨人だった。


「おい、さっきの塔より高くねぇかあれ」

「はっ、貴様は資料に目も通さない猿なのか?」

「いや、一応目を通してはいたが、書面に描かれた唯の数字と、実際にこの目にするのでは印象が大違いだぞ。

 って言うかお前らはどうやってアレを倒したんだ?人間が生身で戦う相手じゃねぇぞ」

「はっはっは……伯父上が一撃で射抜いた」


 巨人から電車サイズの触手が雨の様に降り注いだ。


 かわすかわす、牛若は知っている。この巨体に生半可な攻撃など意味がないと。あの時気づいた作戦は、飛行機を矢に見立て突撃させることだった、だが残念なことにこの領域にそんなものは存在しない。


「おい弁慶!八正展開して時間はどれ程だ!」

「24分でございます」

「おい!馬鹿犬!貴様の限界は!」

「……最長1時間だ!だが、これ程の全力機動、おそらく40分で限界となる!」


(ならばやはりしょうがあるまい)


 牛若は瓦礫をかわす際、教経と接触する。


「あぶねぇ!どこ見て――何もってんだ!てめぇ!!!」

「はっ!知れたこと!貴様が1日1度しか振れぬと言うなら某が代わりに振るまでよ!」

「あほか!誰にでも振れれば世話は無…………い」


 牛若の手中にある草薙が輝きを増す、それは清盛が持った時に匹敵する輝きだった。


「往くぞデカブツ」


 飛燕は蒼き軌跡を残し、廃墟と化した街並みを飛んでゆく。迫る触手は弁慶が迎撃する、あの時とは異なり、体調も装備も万全だ、牛若に向かう攻撃の軌道を反らす事など造作もない。

 だが、それでも敵は膨大、撃ち漏らしや、触手から生えた小触手が牛若を狙う。

 だが、そのことごとくを教経が切り落とす。

 そして、牛若はわずかに口角を歪ませながら、敵の中心に突撃し、自らを1本の矢と化してど真ん中を貫いた。





「終わったぞ!次は!」

「おい小娘」

「あ?なんだ馬鹿犬」

「それは、この戦の間だけ貴様に預けてやる、平家の至宝だ、決して傷つけるんじゃねぇぞ」

「はっ!知った事か!武器とは所詮消耗品!傷つきもすれば折れもするわ!」

「あ?馬鹿!てめぇ今のは無しだ!とっとと返しやが!」


 ドンと、2人の中央に先ほどの牛若の一撃と同等の威力を持つ矢が降り注いだ、それは無貌の鬼であった。だが敵はそれだけではない、金色の鎧を纏った人形が、忍び装束を纏った人形が、狙撃銃を肩に掛けた人形が居た。

 3人はそれらに包囲された。残り時間を考えると絶望的であった。


「ちっ、どうやら今回はこれまでのようだ、おい猿、一度帰還するぞ、立て直して再度挑戦だ」

「……できねぇ」

「本当の馬鹿か貴様は、大将たるもの引き際をわきまえないでどうする!」

「そんな意味じゃねぇ、俺がこの空間を展開したはずだが、その主導権はあの小僧にもっていかれちまった、さっきから試してはいるが脱出は出来ねぇし、おそらくは救援もこれねぇだろう」

「……なんと」

「だから、さっきの制限時間の話も今となっちゃよく分からん、通常なら今ごろは疲れ果てて限界が近いはずだが、未だにピンピンしている。これは空間展開のエネルギーをあの小僧が担っているからだろう、だから最悪俺が死んでもこの空間はあの小僧が死ぬまで途切れねぇかもしれない」

「……」

「ならば、やることは一つ。小娘、貴様が先行してケリを付けてこい。ここは俺が受け持った」

「正気か貴様?」

「そっちの方が生き残る確率が高いってだけだ、こう見えて守りは得意だ、あぁ正し流石に一人では無謀なので弁慶にも協力願うがね」

「……牛若様?」

「分かった、死ぬなよ弁慶。その男を盾にしても生き残れ」

「おい!てめぇこら!」

「はははは、半分冗談だ!貴様とはいずれまた決着を付けなければならん!生きて見せよ平家最強!」


 牛若は草薙を振るう、蒼い軌跡が敵の猛攻を遮り、生じた隙に牛若は飛び込んだ。





「ったく、去り際に1・2体切り捨ててくれるものと期待したんだがね」

「相手は先程の木偶とは違い、手練れに設定されているようでございます。しかし、木曽様(改)の右足と、伊勢様(改)の左腕の切断には成功した模様でございます」

「(改)ってお前」

「(帰)や(変)がお好みでございましたでしょうか?」

「いや、全く変な主従だなお前ら」

「最高級のお褒めの言葉として記憶いたしますでございます」

「へいへい、じゃぁ行くとするか!」


 そうして戦いは始まった。





「やはりここでございますか」


 火の森を抜け、瓦礫の街を抜け、雨の路地裏を抜けた先、待っていたのは、真一のアパートにほど近い込み入った街路の一画であった。

 ここは、真一が牛若と初めて出会った場所であり、初めてGENと遭遇した場所でもあった。


 そして牛若の目の前の四つ角に、これまでとは存在感の異なる1体のGENが立っていた。


「さて、我が主殿の影法師よ、生憎時間が押して居る、目覚めの時間だ」


 そうして牛若は草薙を片手正眼に構え――


 予備動作もなにも無く、触手が飛ぶ、それはガンマンのクイックドロウと同じ速度。常人なら対応どころか、反応すらできない速度だが、牛若は半歩ずらして頬をかすめさせるに抑える。


「半フレーム避ければ余裕ですよ」


 草薙の一撃に音も手ごたえも無い、それが切るは現世にあらず、幽世にあらず、この世の理そのものを切るものだ。そう、例えるなら、ヤマトタケルノミコトが必負の状況自体を切り捨てたように。

 だが――


「しまった!違う!」


 それは、牛若の直感だった、彼女は即座に跳びかわすが。


「づッ!」


 塀越しに放たれた触手が彼女の左腕を捕える、辛うじてかわしたものの、その傷は骨まで達し、もはやこの戦では使い物にならない事は必至だった。


「某にしては情けない、よもや2度も同じ過ちを繰り返すとは」


通路の脇から、塀の上から、4体のGENが現れ、牛若の四方を包囲する。


「これは、はははっ」


 全く懐かしい、あの時の再現だ、ちと順序は逆だが、あの時もまた満身創痍の状況でこのように周囲を敵に囲まれながら、主殿を守るため、敵陣のど真ん中に身を投じた。

 突っ込む、かわす、かわす、蹴りの反動で飛ぶ、しゃがむ、いなす、そして、切る。流れる血潮をドレスの様に身に纏い、牛若は4体のGENと踊りつくす。

 これだけの接近戦、太刀など振るう隙間もない。得物が草薙で助かったと思いつつ、正面の敵の右触手を逆手に持った草薙でかわしざまに切断。そのまま脇を抜け、背中に突き刺し振り返りながら切り上げる。

 牛若の目は、もはやGENなど捕えていなかった、彼女が捕えているのはこの世の綻び、幾重にも折り重なった、業の終局、死の因果、彼女はそこに刃を差し込み、流れに沿ってなぞるだけ、それだけでGENは音もなく解体されていった。

 そして彼女が4体のGENを解体するに4秒の時も必要なかった。


「さて、もう種は割れています。死んだふりなのでしょう、流石にもう飽きました」


 ジワリと、地面から塀の影から、道の脇から、白いしみが逆再生の様に最初に仕留めたGENの元へ集まっていく。

 そして、気が付けば最初の状況と舞い戻っていた、異なるのは牛若の左腕が死んでいると言う事だけ。

 牛若は、左半身になり腰を下ろす

 GENも合わせ鏡の様に同じ構えを取る。


 そして――


 刹那の交叉の後、牛若の背後には雪の様に散り行くGENと、崩壊する死の世界があった。





 俺は何も覚えていなかった、GENの感染を受けてからは寝ている様であり、気絶している様であり、死んでいる様でもあった。おそらくはそのどれでもあってどれでもないのだろう。

 答えは天の神様だけが知っていればいいが、牛若の世界の神とやらは、とっくにお亡くなりになっているらしい。

 結果的に見たら、だからこそのこの計画であったのだし、俺は一瞬神様の席に座りかけたところを牛若の剣で尻をつつかれ飛び出したと言う訳だ。

 だが、何にしろこれで計画は無事完遂し、無事に予想以上の結果をもって終わることが出来た。

 俺は世界を救えなかったが、彼女が俺を防衛することで、結果世界は救われた。

 彼女は彼女の世界の地球を防衛し、俺は無事元の世界へ帰る事が出来た。





 自分の世界に戻った俺は――


 普通に出席日数不足で留年していた。一月ほどの行方不明機関の事もあり親からは烈火のごとく怒られたが、そこはなんと政子さんが直々に事情を説明してくれて、完膚なきまでに説得に成功した。まぁ決まり手は卒業までの授業料全額負担だと思うが。





 そして――


「やぁやぁ後輩君!ご機嫌は如何かな?」

「うっせぇな、野島、山本ばかども、テメェら先輩を名乗るならアポイントメントと言う礼儀の基本をお守りいただければいかがですかね」

「喧しい!俺がラブリーエンジェルに出会うのに時と場所は関係ないんじゃい!」

「そうだ!そうだ!麗しの姫を悪鬼の手から救い出すぞ!」

「ごめんね、佐藤君。この二人が一緒に行こうって言うから、アポ取ってるものだと思い込んでて」


 俺が戻るのと同時に牛若と弁慶さんもこちらの世界へやってきていた、名目は平家の監視だ。とは言え本音はと言うか牛若の個人的な目標は違う。


 牛若は、俺と世界のリンクを切断することはできたものの、俺と八正のリンクまでは切断できなかった。結果、俺の胸の中では八正が今日も変わらず心臓の代わりをしてくれていて、依然交わした『俺をもとの体に戻すまで面倒を見る』と言う約束は継続中と言うことになっている。

 と言うわけで今の俺は、機械の心臓で動いてて、時々機械の腕輪になることが出来る普通の学生と言うことになってしまった。


 実験は成功しGENは現れなくなったものの、頼朝さんの地球再生計画には長い長い時間が必要だ、だから真に星の寿命が引き延ばされたか判断するのにはもう少し時間が掛かる。


 対して平家は、当初の予定通り、こちらの世界を本拠地とすることと決めた、まぁ今更抜けられたら、日本がどんな目に合うのか分からない程度には、世界情勢とどっぷり絡んでしまっているから、もはや日本と平家は一蓮托生の間柄となってしまっている。


 そんな平家を完全に無視するわけにもいかない源氏は、さりとて此処で事実を公表しても、誰も得をしない状況にまで持っていかれた平家に負けてしまった。

そこで、取りあえず監視員を派遣と言う事で、牛若と弁慶さんが、俺たちの世界にやって来たと言う訳だ。


「あーどうもー、野島のじまさんに、山本やまもとさん、おはようございます」

「おはようございます」


 ホットパンツにTシャツで腹を掻きながら登場と言う、初期の設定をかなぐり捨てた牛若にも、馬鹿2人は慣れたものでやんや、やんやともてはやしている。こいつ等には事情は話していないが、まぁ時期が来たら話してやってもいいかもしれない。


「それで?結局貴方はこの一年間何をやっていたと言うの?」


 考えてみれば、中途半端に事実を知ってしまった美綴みつづりにもっとも迷惑と、心配をかけてしまったのかもしれない。しかしその質問に対してはこう答えるしかないだろう。


「何してたって?地球を防衛してたんだ」


 俺は笑いながらそう答えた。





 地球防衛少女 ―― 完 ――


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地球防衛少女 まさひろ @masahiro2017

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