銀河ゆき

 さあ、いよいよコーヒーを飲もう。

 コーヒーにミルクを注ぎ、銀色のスプーンでくるくると混ぜた

雨。

 

雷鳴。

  閃光。


コーヒーとミルク。

 ぐるぐるまわる。


目の前がふっと暗くなる。

  


ぐるぐるまわる。



*****************************



 目の前、辺り一面が底無しの真っ暗な闇の中で、目が見えなくなったような感覚。

 何も見えない。聞こえない。


だんだんとガラス片が光るようにチラチラと見えてきて、星が瞬いている、と気が付いた。

(いつの間にか夜になったのだろうか)

 頭を動かすと枕のようなやわらかいものに触れた。目線を右側にスライドさせた。

「やあ」

 白衣をまとい、白髪の少年が少し先の窓枠で足を組んで座っていた。


 ここはどこ。

 私の家ではない。

 飛び起きてもう一度、まわりを見渡した。

 白い壁に囲われた部屋で、少年の後ろには天井まで届きそうな円型の大きな窓があり、その窓の外は真っ暗な空に灰色がかった見たこともないくらいの大きな月が見えた。

「僕のラボへようこそ。大丈夫かい、浮かない顔をして」

 少年はにっこりと微笑んだ。

「まあ、慌てることはないよ。少し落ち着くまでお茶でも飲むかい」

 手を叩いて「ミエル」と何かを呼び寄せた。

 奥の部屋に灯りがついて、その部屋には大きな機械が並んでいて、歯車が動いていた。その機械の合間から、ブーンと耳が平行になって生えているうさぎみたいな生き物が飛んできた。その耳の上にティーカップが乗っていた。

「あまいものは飲めるかい」

「えぇ……」

 少年はうさぎの耳からカップとソーサを外し、私に手渡した。

「あの……聞いてもいいですか。ここはどこで、あなたはどなたですか」

「はは。不思議な子だね。自分でここに来たのにわからないなんて。とはいえ、このラボに来たはじめての人型のお客だけどね」

 ミエルが追加でもう一式カップを持ってきて、少年も一緒に飲んだ。

「ここは月の側にある小さな惑星。僕はソワレ」

 私は苦笑いをした。

「うそだ、月の側だなんて」

 やおら立ち上がり、玄関と思われるドアまでまっしぐらに駆け寄った。ドアに手をかけたところで、後から追いかけてきたソワレに手首を捕まれて、引き離された。

「おいおい! 君、そのまま外に出たら天風で飛ばされて、宇宙の塵になるぞ」

 先程の冗談っぽい笑顔から真剣な眼差しに変わった彼を見て、その塵という言葉が後から響いてきて、ぞっとした。そしてドアから一歩下がった。

「外の景色はただの夜じゃないんだ。さあ、腰かけて」

 私の手首を掴んだまま、部屋の真ん中の机と椅子のあるところまで連れ戻された。

 椅子に腰かけると、先程のお茶からまだ湯気がゆらゆら立ち上っていた。

「お茶飲んで落ち着いて。大丈夫だから」

「ありがとう」

 思いきって、そのお茶を少し口に含んだ。

砂糖に似た甘い風味がして、じんわり喉を通っていった。

「君のことを教えて」

「ここが月のそばだとしたら、地球からきたの。その中の日本という国から……私は希望(のぞみ)」

 ソワレの表情がパッと明るくなった。

「すごい! あの星だろ? 窓からいつも見ていたんだ。ほら、今日は満星で全部見える日なんだ、見てごらん」

 彼が指差した。大きな円形の窓の中に、地球から見た月のように、たしかに地球が見えるのだった。テレビで見るよりもやや灰色がかって見える。ハッキリとは見えないが、雲の隙間だろうか。ぼんやりとどこかの大陸が影のように見えた。

「僕はずっと、ずっとあの星 ―地球― に憧れていたんだ。まさかこんなに早くその星の人と会えるとは思ってなかったけれど」

 ソワレはカップを持ちながら、背を向けて円形の窓際に立った。

「信じられないって顔してるけど、僕もだよ! 実はね、外に巨大なアンテナを建ててあって、地球から電波を受信してるんだ。風向きによって色々な言葉とか画像が入るから君の星の言葉はだいたいわかるようになってきたよ。その中でも黒い液体を飲むCafeという部屋が好きでね」

 奥の部屋にある機械はドリップ用と茶用とあるんだ、と指をさして教えてくれた。

「この惑星がある限り、食べたり飲んだりしなくても生きていけるのだけれど、ずっと宇宙を見ながら生活していても退屈で。イマジネ機能がこのラボにはあるから、なんでも考えたらすぐ空間から自動でアウトプットされてすぐ終わっちゃう。だから僕はわざわざ手で作ることにしたんだ、地球の人みたいに」

 ソワレは振り向いて微笑んだ。

「簡単に手に入るものよりも、手で丁寧に作ると気持ちがいいね。地球から届くデータが不足してるから、もちろん失敗も多いけど。ミエルも奥の機械もまだ制作の途中なんだ」

「だからラボなのね」

「完成したら、ちゃんと看板もつけようと思ってるんだ。採集家たちが舟旅で疲れたときに立ち寄れるように。君にとってCafe はどんな場所なの」

 私はしばらく考えこんだ。

Cafeは憧れ。おいしいコーヒーや紅茶、甘いスイーツ、時々ご飯……そしてたくさんの人が集まる憩いの場所。

 彼の赤い瞳が爛々と輝いた。

「素敵だ」

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星降るかふぇ Arenn @jyuna01

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