5杯目 ハマグチさん
――【一周忌法要のお礼】より
拝啓 皆様にはますますご清祥の事とお喜び申しあげます。
さて、先日の母・村田節子および兄・雄一郎の一周忌に際しましては
ご多用中のところを遠路お運びいただき、誠にありがとうございました。
お陰さまで法要も滞りなく済ませることができました。
この一年、皆様には公私にわたり暖かい励ましをいただき、
私もようやく前向きに生活を営んでいけるようになりました。
心から感謝しております。
本来ならば拝眉の上ご挨拶申し上げるべきではございますが、
まずは書中をもちましてお礼申しあげます。
敬具
喪主 浜口佳代子
無職・浜口佳代子の話
すみません、一人ですけど…いいですか? お邪魔します。
えーと…この「ほろ酔いセット」をください。あら、飲み物は好きなのが選べるんですね…じゃあ、瓶ビールで。あ、どうも。うふふ…。
はぁ~、おいしい…実は、先ほど身内の一周忌法要を済ませましてね。今日は一人で精進落としなんです。あ、よかったら、女将さんもちょっとお付き合い願えません? どうぞ一杯飲んでください。
…ふふ、この辺りもだいぶ変わりましたね。私、学生時代はすぐ近くにある春日高校に通っていたんです。そうか、もう25年以上…四半世紀ですよ。私もオバさんになるわけだわ~。コンビニとか、携帯ショップとか、牛丼屋さんとか、あの頃にはなかったお店がいろいろ増えているし、でも、昔ながらのラーメン屋さんも残っているし。ああ、はす向かいの和菓子屋さんは、ご主人が代替わりしていました。懐かしいような、他の街に来たような、なんだか不思議な気がします。
法要ですか? ええ、母と兄が相次いで亡くなりましてね。昔から仲の良い親子…いや、そんなんじゃないですね、親離れできないマザコンの甘えん坊と、子離れできない過保護な母親でしたよ。死んでもベッタリなんですから。今頃あの世でもベタベタしているのかな?
母はとにかく子どもにベッタリな人で、特に兄のことは溺愛していました。私は…そうですね、溺愛というよりは過干渉でしたね。服装も髪型も付き合う友人も、とにかく口を出されていましたから。父ですか? 当時は存命でしたけど、あまり家庭を顧みない人でした。企業戦士とか、24時間戦えますかとか、そういう時代ですもの。私が受験に受かろうが部活動で頑張ろうが、興味のない感じでしたね。
もう、そんな生活が嫌で嫌で…高校を卒業したらすぐ家を出て、地方の企業に就職したんです。会社生活はそれなりに楽しかったです。そこで夫とも知り合えたし。自分の家庭があんな風だったから、自分はすてきな家庭を築こうという反発心もあったのかな?
ちょうど結婚を意識しはじめた頃、兄が大学中退してブラブラするようになったり、父が急に亡くなったりしたもので、母が私にすり寄ってくるようになってきたんです。娘からしたら、何をいまさらって感じですよ。特に結婚式にはやたらに執心して、まるで自分の結婚式を挙げるみたいにしゃしゃり出てきたので、一切突っぱねて、さっさと入籍してしまったんです。もう、勘当だと言われて、こっちとしては望むところだって、売り言葉に買い言葉でしたね。
結婚生活は、最初の頃こそ順調でしたよ。でもね、私が親と絶縁しているからか、夫も義母も義妹も「こいつには帰る場所がないから、何やっても逃げ出さない」と見くびられるようになりましてね。
娘が生まれてからは、完全に彼らの奴隷状態でした。気が付けばすっかり言うなりになって、洗脳みたいになっていたし。毎日、早朝から夜更けまで、家事やパート勤めでこき使われていて、自分の頭でものを考えることすらできなかったんです。夫や義母、義妹に暴言を吐かれても、自分が至らないからだと思っていましたし、毎月のお給料を全て義母に取り上げられるのも「家族のためだから当たり前」と信じていました。
最悪だったのは、娘との関係ですね。彼らが甘やかすものですから、10歳頃には母親である私のことを「使えねぇババア」と言ってはばからず、夫や義母たちと嘲笑するようになってしまって…。
ちょうどその頃、隣の西春日にある工場でパート勤めをしていたんですよ。その工場の敷地の片隅に、古くて小さいお稲荷さんの祠がありましてね。同僚の人が教えてくれたのですが、願掛けすると願いが叶う、だけどお礼がとんでもないことになるから、気安く願掛けをしてはいけないって話でした。
でもねぇ、私、こっそり願掛けしたんですよ。実は夫や義母から「家を建て直すからもっと稼いでこい。ダメならアンタが死ねばいい。生命保険金がもらえるから」って、言われていたの。二人して笑いながらそんなこと言うし、義妹と娘もニヤニヤして見ているだけ。それで私、夜勤のシフトで誰もいない時間帯を見計らって、こっそり参拝したんですよ。
「大事な家族のために、たくさんお金が欲しいです。たとえそれで命を落としても構いません」って。馬鹿ですよねぇ、そんなこと言われても素直に従っていたんですから。
ところがですよ、「命を落とし」たのは、他でもないその「家族」だったんです。旅行先で交通事故にあって、全員即死。ええ、秋の連休を利用して遊びに行った先でのことでした。私ですか?もちろん自宅でお留守番ですよ。「一緒にいるところを見られると恥ずかしい」からって。
最初はもう、頭の中が真っ白で。葬式などはとにかくロボットみたいに淡々とこなしていて、思っていたより冷静でしたね。
ようやく正気に戻ったのが、四十九日を過ぎて、夫たちの保険金などを受け取ってから。その時改めて気づいたんです。
「お稲荷さんの願掛けって、これだったのね」って。
でもね、お稲荷さんには申し訳ないけど、今となっては願ったり叶ったりでしたね。死んだ家族には…ええ、夫はもちろん、腹を痛めて産んだはずの娘にすら、未練はこれっぽっちもございませんから。
それからですよ、久々にこっちの実家に戻ってきたのは。
母親と兄がふたり揃って、廃人みたいになっていたのを見て、逆に私が元気になりました。そもそも母くらいの年齢になると、誰だって体のどこかに故障があって当たり前なんです。だから早々に病院に放り込んで、その間に家の中を徹底的に片付けて、ゴミやガラクタで築いていた母の縄張りを全てぶち壊してやりました。
母の病状が予想以上に悪かったのは、嬉しい誤算でしたよ。気のせいか、私の掃除や片付けが進めば進むほど、母や兄の病状が悪化していった気がするんです。
引きこもってメタボになっていた兄には、好きなだけ飲み食いさせました。あの体形で、もはや後がないであろうことは、容易に想像つきましたからね。好きなもの食べて死ねたのだから、本望でしたでしょうよ。
嫁ぎ先がなくなって、実家もなくなって。これでやっと私はスッキリできました。
…すみませんね、見ず知らずの方にこんなお話するなんて。さすがに今夜は、ちょっとハイになっているのかな。女将さん、すみませんが何か追加で飲み物を頼んでもいいかしら? え、面白い話を聞かせたら、一杯サービスするんですか。うふふ、面白いサービスですね。それじゃ、お言葉に甘えて、麦焼酎をロックでください。
…へえ、そうですか。だからお話を…「生きている人間が一番強くて、一番面白くて、一番怖い」…ね。うまいこと言いますね。本当、そのとおりだわ。
ああ、おいしかった。ごちそうさまでした。
…ええ、もうここには帰らないつもりです。幸いなことに、お金はたくさんあるし、どこかで小さい家を借りて、好きなことしながら暮らしていきますよ。
それでは、さようなら。
飲んで話して、また一杯 塚本ハリ @hari-tsukamoto
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