4杯目 願掛け

――スピリチュアルカウンセラー・ニルヴァーナ妃魅子著

 【神様を味方につける七つのメソッド】より


 神様は、わたくしたちに時折試練を与えてくださいます。しかし、それは決して乗り越えられないものではありません。その人に適した試練だからこそなのです。

 同じように、神様が与えてくださる幸運もまた、その人にふさわしいレヴェルでしかありません。あなたが、テレビで見るセレブのような幸運を望んでいるのに、それが得られないならば、その幸運は今のあなたの器には合わないということなのです。

 しかし、悲しむことはありません。あなたが成長するにすれ、幸運の器も大きく成長するのです。今は無理でも、あなたが努力を重ね、成長すれば幸運もまた、その器に合うものが訪れるでしょう。

 逆に恐ろしいのは、身の丈に合わぬ幸運を無理やり得た時です。その歪みは、いつかどこかで大きなツケとなって現れるものなのです。


「ショッピングセンター春日」宝くじ売り場パート・伊藤房江の話


 どーも、ビールください。

…ぷはぁ~、おいしい~。

 いやぁ、忙しかったよ。今日って大安吉日だったから、お客さんも多くてね。ずーっとお客さんに「当たりますように~、当たりますように~」って言いながら営業していたから、すっかり喉が乾いちゃって、もうカラカラ。

 女将さんは宝くじって買うの? そう、当たったことは? …あははは、アタシもおんなじ。いつも末尾の小銭だけだわ。おっと、宝くじ売り場の人間がこんなこと口にしたらダメね、うふふ。

 でもねぇ、何億円も当たるって、羨ましいけど怖いよね。なんかその後、とんでもない不幸も抱き合わせで来るんじゃないかしらって、心配性かしら? なんかね、人の幸不幸ってバランス取れているのかもって思うのよ。


 アタシ、昨年まで隣の西春日に住んでいたのね。ほら、サカイ食品って会社あるでしょ? 前はそこの食品工場でパートやっていたの。

 その工場の敷地内の片隅に、小さいお稲荷さんの祠があったのね。何でも戦前からそこにあったらしくって、ずーっとそのまま。終戦後間もなくだったかな、今の社長のお祖父さん…創業者ね、その人がその祠ごと土地を買って、今の会社を立ち上げたんだって。

 一時は撤去しようとしたんだけど、ホラ、よくあるでしょ? 神様をいじろうとすると、工事関係者がケガしちゃったとか何とか。そういういわくがあって、以来ずーっとそこに置かれているって。でも、積極的にお参りするとか、そういうことはしないの。なんでも社長が言うには、ある神主さんがこの祠を見て「この神様は付かず離れずが良い。下手に願掛けなどをすると、叶えてくれるが代償も大きい」って言ったそうよ。だから、みんなあまり近づかない方がいいって。


 その頃、パート仲間にハマグチさんって女性がいたの。気の優しい人でね、いつもニコニコして、手づくりのお弁当持参する家庭的な人だったな。給料日なんかでも、自分の服とか化粧品はほとんど買わないで、「これでお姑さんの好物の羊羹を買って帰ろう」とか、とにかく家族思いの人だったわ。

 あれは3年くらい前だったかなぁ、ハマグチさんと話していて、たまたまそのお稲荷さんの話が出たのね。アタシ、軽い気持ちで「もし願掛けするなら、ハマグチさんはどんなお願いするの?」って聞いたことあるのよ。

 そしたらハマグチさん、じーっと考えて「ダメだぁ~、家族のことしかネタがないわ~」って笑っていた。家族のためにもっとお金がほしいとか、旦那さんやお子さんにもっといいものを食べさせてあげたいとか、いい家を買ってあげたいとか。要はお金が欲しいけど、それが全部家族のために…ってことが頭から離れないって。

 そんなに家族思いだったのにさぁ…。ほら、一昨年の秋に、観光バスが横転して大破した大きな事故があったじゃない? そうそう、テレビにも中継されたやつ。あのバスに、ハマグチさんの家族が乗っていて…。

 秋の行楽シーズンだったからって、ハマグチさんの旦那さんと中学生の娘さん、お姑さんと義理の妹さんだったかな? みんなでそのバスで2泊3日の旅行に出かけていたんだって。ハマグチさん? うん、人手不足でシフトがどうしても…ってことだったのと、休日出社すると少しだけ時給がアップするからって、自分だけ残ったんだって。

 ちょうどお昼休みでさ、アタシたちが社員食堂でテレビ見ていたら、いきなりニュース中継が入って…。最初は「あら~、大変ねぇ」なんて、みんなのん気なものだったけど、少しずつバスツアーとかバス会社とか、旅行会社なんかの名前が流れてきたら、ハマグチさんがガタガタ震えてね、最後にはその場にへたり込んでいたもん。

 結局ね、ハマグチさんのご家族、全員亡くなっちゃったのよ。あれだけ家族思いの人が、家族全員に逝かれてしまったわけでしょ? アタシたちも社員さんも社長も、もうハマグチさんが後追い自殺するんじゃないかって心配で心配で…。

 結局、ハマグチさんはその後に会社を辞めちゃったの。そりゃそうよね、家族のために頑張って働いていたのに、その家族が全員いなくなっちゃったんだから。

 それにさぁ、ちょっとあさましい話なんだけど、ツアー会社とかバス会社から賠償金とか、家族の保険金とかがたくさん出たから、もう仕事しなくても困らないくらいのお金が手に入ったっていうんだもん。


 でもね、ここからがちょっと怖いんだ。その後パート同士の間で「ハマグチさんが、あの祠にお参りしているのを見たことがある」って噂話が出たのよ。もしあの祠の神さまが、例の神主さんの言うとおり「願いを叶えてくれるけど、その代償も大きい」なら、ハマグチさんは望みどおりたくさんのお金を得たけど、その代償として大事な家族を全て失ったのかしら…ってね。

 そしてもう一つ。こっちのほうが怖いんだけどさ。

 あんなに家族思いだったハマグチさんだけど、実は姑小姑から酷い嫁いびりをされていたって噂もあるの。パートのお給料でお姑さんにプレゼントするなんて可愛い話じゃなくて、給料は全て巻き上げられていたんだって。毎日手づくりのお弁当っていうのも、家族が食べ残したものをかき集めて弁当箱に入れていたようなものだって。

 あのバス事故だってそうよ。普通ならお嫁さんも一緒に旅行に行くでしょうに、彼女だけ除け者にされて、家に置いて行かれただけじゃないかって。

 …うがった考えだけど、もしかしたらハマグチさん「家族が大事」というのは建前だったんじゃないかしら。あの祠の神様に「お金がたくさん欲しい」と願をかけて、その代償が表向き大事にしている「家族」だったら…とかね、もう、考えると嫌なことばかりが浮かんできちゃうわけよ。


 あーもう、喋っていたらまたのどが渇いちゃったわ。女将さん、もう一杯ちょうだい。え、例のサービスしてくれるの? まったく、相も変わらず趣味悪いわね~。いや、嬉しいけどさ。もう、これ飲んだから帰るわね。旦那もそろそろ帰る頃だし。

 …そうね、もしハマグチさんと再会したら、このお店に連れてきたいわね。彼女の話聞いたら、一杯どころじゃないぐらいサービスしなくちゃいけないかもしれないよ、うふふ。

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