3杯目 お片付け

――笹本不動産 広告チラシ【空き家対策セミナー開催のお知らせ】より

 両親などから相続した家を空き家のままで所有し続けるなど、ここ数年で空き家問題が深刻化しています。

 2033年には日本の空き家率は3割になると予測されています。つまり、3軒に1軒が空き家になるのです。また、所有者が空き家を適切に管理ができていないと、災害や犯罪、また街の景観への影響などの問題となります。

 弊社では、空き家を所有する方のための相談を受け付けております。空き家を売りたい、売りたくない、売りたいけどどうすればいいか分からないなど、お悩みの方、ぜひご参加ください。※参加・相談は無料です。


笹本不動産 営業部第2課・菊地浩一の話


 ああ、どうもどうも。えーっとね、ぬる燗ください。あとは…おっ、シシャモ?

 いいねぇ、それ焼いてもらえますか?

 うん、ちょうど一段落ついたところ。お客さんから、何年も空き家になっている親の家を売りたいって相談があってね、今日それが終わったの。多いんだよー、空き家問題って。少子高齢化が進んで、親が年老いて施設とかに移るじゃない? すると家が空き家になっても誰も住まないってのがね。そんな家が、ちょっと郊外の住宅街とかに行くとい~っぱいあるの。しかも売れないんだよね、そういうのが。

 もうね、地方によってはそんな家だらけで街全体が荒んだ雰囲気で、まるでスラム街みたいになっているんですよ。国もこの問題に本腰入れてきたくらいだからね。

 でもね、これを商機ととらえる向きもあるわけよ。こういった中古住宅を有効活用できないか、とか低所得者層向けの住宅にしてセーフティーネット対策の一環にしよう、とかね。うちもチラシまいたりして空き家問題に悩む人の相談に乗ったり、売却したりとかさ。


 この前、うちの同僚もここからちょっと離れた家の売却相談に乗ったんだよ。なんかね、年老いた母親とドラ息子が相次いで亡くなって、遠方に嫁いだ娘さんが遺された家を売却したんだ。

 最初に相談を受けてその家を訪問した時は、同僚もゾッとしたらしいんだと。なんかもう、汚屋敷っていうの? 高齢者の家にありがちなんだけど、どこもかしこもモノがギッシリで足の踏み場もない状態でさ。部屋の中もなんだか淀んだ雰囲気でカビ臭くて、出されたお茶も飲む気にならなかったって。その時対応してくれたのが40過ぎくらいの、ちょっとくたびれた感じのおばさん。隣にその母親…70ぐらいかな? あと息子…ってもいい年のオッサンなんだけど、それもいるって話だったけど、いなかった…というか、出てこなかったというのが正しいのかな。家にはいたらしいんだけど、一度も顔を合わせていないって。要は引きこもりって奴だね。

 おばさんは今後のことを考えて、母親を高齢者向けの賃貸住宅に住まわせたい。将来的に掛かるであろう介護費用は、この家を売却して得た利益を充てたいということだったな。

 お母さんは家を売ることには反対している風でさ「お兄ちゃんはどうすればいいのよ…」なんてモゴモゴいってたらしいね。その娘であるおばさんは「今すぐ売却というわけではない。母に何かあった後、土地や家屋の扱いについて揉めるのを防ぎたいから」ということで、最初は本当に相談レベルだったのさ。

 その後も同僚は、月に一度は訪問して話を聞くことが続いたんだ。ところが、毎回訪れるたびに、少しずつ汚屋敷だった家がきれいになっていったって。どうもそのおばさんが、きれい好きで、しばしば実家を訪れては少しずつ部屋を片付けていったらしいんだね。

 ほら、今はやっているじゃない、断捨離とか片付け術とか。そのおばさんも、そういう感じで、せっせと片付けていたらしいのさ。そのおばさんいわく、母親が「あれも捨てるなこれもダメ」と口やかましかったので、毎日少しずつ分からないようにこっそり片付けていたんだと。ところが、それからしばらくしたら、いつも同席していた母親がいなくなっていてね。聞けば、もともと体調が悪かったので、無理やり病院に連れて行ったら、即入院となってしまったって。

 片付けを邪魔する人がいなくなったからなのかな、それからは片付けもどんどんスピードアップしてきてさ。同僚も「今度はどうなっているのかな?」とあれほど嫌だった汚屋敷訪問が、ビフォー・アフターを見る楽しみに変わっていったって。

 面白いもんでさ、部屋がきれいになると、そのおばさん自身も、それなりに美人に見えてくるらしいんだ。いや、多分本人もゆとりが出てきたのかもね。髪もボサボサで生気のなさそうな顔していたのが、なんとなく生き生きしてきたって。

 ところが、同僚が「汚屋敷がそれなりにただの中古住宅になってきたかなぁと思った」あたりで、ちょっと事態が急変したんだ。まず、おばさんの母親が入院先の病院で亡くなったわけ。それで葬式だ何だとしばらく訪問できなかったみたいでさ。

 先方も「母の四十九日が終わって落ち着いたら、兄と今後のことを相談した上で結論を出す」ということだったので、しばらく放っておいたんだよ。ところがその四十九日が過ぎても音沙汰なくてね。こりゃ何か揉めているのかなと思ったんだ。そうしたら予想外なことに、今度は息子…つまりおばさんのお兄さんも入院しちまったってんだよ。

 同僚も気の毒に感じてね、外回りの際なんか、ちょっと立ち寄って様子を伺っていたんだよな。そしたら、そのお兄さんも間もなく亡くなったって。さすがに立て続けに葬式じゃあ、気の毒だよね。とはいっても、相続問題は待ってくれないから、お兄さんの初七日が過ぎた頃に弔問を兼ねて顔を出したんだって。

 久々に訪問した家の中は、もうきれいサッパリ片付いていてね、最初に行ったときとは雲泥の差だったらしいよ。家の中の空気も澄み切っていて、これならすぐに買い手がつきそうな感じだと言っていたな。当のおばさんも看病疲れと葬儀の慌ただしさで疲れていただろうに、不思議なくらいスッキリした表情だったって。同僚が言うには「この人、こんな美人だったっけ?」って感じだったらしい。

 残された家族のモノも、あらかた捨てたり売ったりしてね。最後はこの家を売却するというところまで、こっちが予想していた以上にトントン拍子で話が進んだという話さ。


 …で、さ。うちの女子社員が教えてくれたんだけど、断捨離とか片付けってのは、幸運を招くっていうんだってね。けどさぁ、あのおばさんにとって、親兄弟が立て続けに亡くなるなんて、結果として不幸だったじゃん。

 そう言ったら、その女子社員ケラケラ笑ってね「ゴミやガラクタを溜め込むような母親と、仕事もしないで引きこもっているようなクズ兄貴が相次いでいなくなった上に、家を売ってそこそこの収入も得られたんでしょ? ある意味、おばさんにとっては幸運を招いたんじゃない?」だと。

 いや~、女ってぇのは怖いねぇ~。

 あ、いやいや、女将は違いますよ、本当ほんと。そんなぁ、睨まないでよぉ~。

けど…さ、同僚とも話していたんだけど。もしあのおばさんがそういうことを考えながらあの家を片付けていたとしたら…ちょっと怖いよね。

 えー、その家買いたいって? 

 イヤだねぇ、よしなよぉ~、女将も趣味が悪いよぉ~。

 それよか、お銚子もう一本もらえる? え、サービスしてくれるの? ああ、あれかい、面白い話のお礼ってやつ? まだやっているの、そのサービス。

 せめてもうちょっとじんわり感動できるような話にすればいいのにさぁ…。

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