#2 チェイス・ミュージック
耳にはまぶたが無い、とだれかが言った。
音楽の戦争利用。御使たちのラッパなんてなくても音楽はひとを殺せる、ということ。
機関銃の奏でる音は、
近代兵器を用いた大量殺戮の音。同時に築かれる徴兵された者の末路としての肉塊たち。それらを前にして恐怖する「戦士」無き均一化された兵士たち。その時にあった音楽は、兵隊に死の恐怖への克服を吹き込み、美化するものへと変わった。
あなたが肉塊になっても、あなたの国は生き続けるのだから。そういうイデオロギーをクラシックに織り込んで、息を引き取る瞬間の涙を飲み干せるように。
音楽は凶器だった。かつてホロコーストに積極的に加担した唯一の芸術として、歩きにくい木靴や豆のできた足で行進する労働部隊へ歩調を合わすために鞭打った時も、捕らえられた脱走者たちを先導しながら処刑の伴奏を行った時も、楽団員への拷問として収容所の中庭で夜通し歌わされ死んだ時も。トレブリンカで、アウシュビッツで、そして大戦後のグアンタナモやアブグレイブで。音楽それ自体がひとつの権力であること、わたしたちはその特権の前で殺到する音に強姦されることはいまさら否定しようがなかった。
ヒトが有史以前よりその暴力的な旋律と共にあったというのなら、ヒトが終わる時の
社会性を持った最後の人類は、穏やかに絶滅できただろうか。
曲がりくねった
「わたし」は安らかに滅びることができただろうか。
そんなとりとめもない言葉の羅列を思い浮かべる
それも地上五〇センチメートルちょっとの高さで。
「ぁあああぁあぁあああぁぁぁああああぁああぁぁああぁあ」
現在地は旧テキサス州アンドルーズから北西へ二十数キロメートル。爆走するトラックの助手席からサファリツアーの肉袋みたいに情けなく吊り下げられた
急カーブの際に遠心力でスリングショットのように助手席から放り出された
「
「このやろぉぁあああああああああああああああ」
TYPE-Ⅲ、
その可愛らしい愛称——もちろん《司書》による命名で、
濁った殺意のこもった吐息が、涎が、すぐ目の前へ時速一〇〇キロメートルを越えて肉薄する。聴こえもしない
“
「わたしより歌が上手いの、素直にムカつく……」
そんなことを喋っている余裕があるならさっさと助けてほしいところだが、横目に見れば《司書》は左手でハンドルを左右に細かく切り「ぴゅーまさん」らの攻撃をかわしながら、片手でシート横をまさぐっている。取り出されたのはM1014、ベネリM4ショットガン。荒れ狂うハンドルを肘と膝で押さえつけながら、
「ねえ
「教えるより早く噛り付かれそうなんだけどぉぉぁぁぁぁあああああああああ」
我ながら情けない声だとは思うが、助手席のドアの外まで伸び切ったシートベルトにぶら下がった命としては一刻も早く、眼前数メートルに迫ったこのイカれた
荷台へ飛び乗ろうとしてきたぴゅーまさんを避けるため《司書》がまたハンドルを切った。瞬間、後続のぴゅーまさんらのシルエットが砂埃の中から浮かび上がるのが垣間見える。
「七匹! 聞いてる、七匹見えた……」
「オーケー、
許可する、と
“
「なに、それ。当てつけなの」
ただ、じろリ。次の瞬間、《司書》がヒトには不可能な挙動で噛みつかれた左腕を大きくスイング。窓フレームに叩きつけられたぴゅーまさんの
「——
気の抜けた声と共にベネリM4の黒い
「……ター、
「だ、だいじょうぶ……とも言いがたいけど、まずは腹ペコどもにお帰りいただかないと。あいつらのランチに招待されたくはないからな」
「了解、じゃあしばらくの間ハンドルよろしく」
そういうが早いが《司書》は
「そっちはどうするの」
「決まっているでしょ、ランチタイムだよ。景気のいい鉛玉のバーガーショップ。荷台に積みっぱなしだった
まるでピクニックで弁当箱を開く子どものような口調で席を立つと、運転席の割れた窓から身を乗り出す。左腕に噛みつきっぱなしだったぴゅーまさんもちょうどボンネットからずり落ちてきたので、そのまま地面に突っ張った鼻面を押し付ける。時速一〇〇キロメートルの摩擦を受けた彼は、すぐにスライスに失敗したトマトみたいになった。力どころか頭部の三分の一を失った
「うっわ、あとでランドリーに寄らなきゃだ」
そうぼやいた《司書》は、なにを考えたのか一旦運転席に戻ってオーディオ端末をオンにする。そしてアクセルが踏みっぱなしになるよう後部座席の飲料水ポリタンクを足元に突っ込み、再び外へ身を乗り出す。シートを蹴ってヒラリ、と体操選手のように空中で
だれの胎から生まれたわけでもない、ひとりぼっちのボディ。
そのシルエットが、まがりなりにも母親の胎から生まれただろう
“
暗い笑い声とともにオーディオ端末からおどろおどろしいサウンドが掠れ気味に流れ始める。「
「
そう気軽に言いながら、荷台に打ち棄てられていたFN
「おまたせ、ぴゅーまさん——」
踊りましょう。
そう口走るやいなや、マズルフラッシュが咲き乱れた。
No-body's escape 恢影 空論 @kou10m
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