終章
エピローグ
セミオーダー人材店のモグラです。顧客、豊永佑介様のエピソードはいかがでしたでしょうか? 巡り巡って仕入れた人材が購入者様に帰ってくるとは、因果なものです。
さて、私は今オーナーの表向きの職場に来ております。場所は都内のとある建物です。これから報告を上げなくてはなりません。ではオーナーの執務室に入室するとしましょう。
「失礼します」
「
「はい。報告に上がりました」
オーナーは日々忙しい身ですが、どうやらこの日はご機嫌がいいようです。しかしいつ見ても高級感のある内装のお部屋です。僭越ながら私はオーナーの執務デスクの前に立ち、重厚な椅子に腰掛けるオーナーと対面しました。
「今回の顧客、豊永様はご自身が仕入れた人材の手によって殺害されました」
「ほう。その検証はできているのか?」
「はい。豊永様が仕入れた人材が、出荷後に購入者のもとにたどり着いたのは偶然でありますが、その後、人材から採取しておりますアイデータを検証した結果、博士の出荷ソフトに不具合が発見されました」
今、私が口にしましたアイデータとは、出荷された人材の脳に取り付けられた極小の映像通信機器であります。出荷前に人材に取り付けるものでありますが、このアイデータから人材が見聞きした映像と音がセミオーダー人材店の研究室で受信できます。つまり我々は人材がどうのように生活をしているのかを逐一把握しているのでございます。
「不具合とは?」
「殺意の共有です」
「どういうことだ?」
オーナーの眉がピクリと動きました。どうやら興味を示されたようです。
「この商売はそもそも我が国で認められていない軍の結成や工作員の育成が、博士の開発したソフトで可能かどうかを試すために生まれました」
「そうだな。私が秘密裏に行っているプロジェクトで、商売を装ったそのためのテストだ。軍人と工作員の育成は私の悲願でもある」
「はい。そのために主に当たるのが商売では購入者。兵隊に当たるのが商売では人材です。兵隊は主の敵を認識しなくてはならないため、そのようにプログラムされています」
「まさか、兵隊、つまり人材が購入者の殺意を共有するのか?」
解せたと言わんばかりの表情を覗かせるオーナーですが、まだこれは前置きであります。ご説明いたしましょう。
「はい。それは元々そのようにプログラムされております。今回発見された不具合は、兵隊が敵認識した者を主も敵と認識する、つまり一方通行ではなく相互の共有です。これは出荷時に存在意義のインストールのため意識を繋ぐ時に起きていたようです」
「なんと……」
「ただしかし、どちらの場合も強い殺意を抱くほどの相手しか敵として共有しませんので、今回の不具合は『殺意の共有』ということになります」
「なるほどな」
ご納得いただけたようで、オーナーは椅子から立ち上がると窓の外を覗きました。
今回、豊永様は人材の彩香に一度殺意を抱きました。それによって彩香は豊永様の殺意を共有し自殺未遂を起こしました。
次に豊永様は溝入理恵と共謀し彩香を殺す計画を練りました。しかしその実行を前にして意思は決まっていたものの、溝入理恵の協力による安心から殺意が整わないうちに、彩香の方が溝入理恵に殺意を抱きました。それを豊永様が共有し、結果、溝入理恵を殺しました。
しかしこれだけでは終わりませんでした。溝入理恵の殺害の真相を知った彼女の兄の溝入様が、既に購入していた人材の田坂に豊永様への殺意を共有させてしまいました。よって豊永様は田坂の手によって死に追いやられたのであります。
「なるほどな。その不具合は解消できそうなのか?」
私の説明を聞いて経緯にご納得したオーナーが問いかけます。相変わらず体も視線も窓の外を向いてございます。
「はい。博士が言うところによると、既に出荷してしまった人材は諦めざるを得ませんが、今後出荷する人材については問題ないようです」
「そうか。殺された顧客はどうなった?」
「豊永様が埋めた溝入理恵の死体を兄の溝入様が田坂と一緒に掘り起こし、そこに今度は豊永様が埋められました」
「では埋められた顧客の戸籍はこちらで消しておこう。警察に動かないよう働きかけるのも、戸籍がないなどの理由は便利だからな」
「兄の溝入様と田坂の処遇はいかがいたしますか? 溝入様が無戸籍の妹の死体を掘り起こしたことは警察に届け出ておりますが」
「放っておいて構わんだろう。実際豊永が溝入妹を殺した時に、溝入の戸籍を消すことで公には事件にならなかったのだから」
それ故に溝入様が田坂を買って動いたのですが。しかも豊永様の死体が見つからぬよう、溝入理恵の死体発見場所を偽って届けております。
オーナーは楽観しておりますが、私が口を挟んでもご機嫌を悪くされる可能性がございますので、私はこれ以上何も申し上げません。とは言え、ご自身の関与が疑われたり、警察が動かなかったことに対して不都合なことが起きても、方々に職権を使ってうまく処理するのでしょうが。
「因みに豊永が買った人材はどうなった?」
これは重要なご質問です。このことにも新しい発見があったので、私はご報告差し上げなければならないのです。
「はい。豊永様が絶命した瞬間、存在意義を失いました。敵認識の副産物として絶命の瞬間は意識が繋がって把握できたのだと思います」
「ほう。それで?」
「溝入様は彩香もご自身の妹の殺害に関与したと疑っておりますので、殺気立っておりますが、結果、彩香は溝入様が自身に接触する前にセミオーダー人材店に戻ってきました」
「自分から戻ったのか?」
オーナーは驚いたようで、振り返ったその時目が見開いておりました。私も彩香が当店に戻って来た時は驚いたものです。
「はい。購入者様へは返品と人材の再仕入をお断りしておりますが、図らずとも人材自らの足で戻ってきました」
「つまり今は存在意義を失って生きる意味がない空っぽの状態だということか?」
「左様にございます。ただ出荷前と違って能力と出荷後の記憶だけは残した状態にございます」
立っているのが疲れたのかオーナーはここで椅子に座り直しました。オーナーの背中から当たる日光が、オーナーの表情を影で隠します。
「因みにご相談ですが、彩香は再度人材として販売しても宜しいでしょうか?」
「できるのか?」
「はい。一度記憶を消去しました故、人体への影響を考慮するとその操作はもうできませんが、当店でアシスタントとして使いつつ、次の購入者が現れるのを待ちます」
「いいだろう」
了承をいただけて私は安堵しました。これで博士に仮の存在意義として「当店のアシスタント兼商品としての出荷待ち」とインストールしてもらいましょう。出荷された人材も増えてきてモニター作業も多くなったので、ちょうど人手が欲しかったところです。
「彩香は妊娠をしております故、まずは中絶手術を受けさせます」
「はっはっは。商品人材が妊娠とは滑稽だな」
要職に就いているにも関わらず、人材の人権を無視して人身売買をするオーナーの高らかな笑いが響きます。それこそ人材を奴隷程度にしか思っていない証拠でしょう。すると今回の報告に解せた様子のオーナーが話をまとめにかかります。
「そうか。つまり本蔵が誰かに殺意を抱くと、私もその殺意を共有するのか」
「それはご安心を。既に出荷された人材は諦めておりますが、私は今でも店に身を置いております故、博士にそのバグは整えてもらいました」
「ほう、仕事が早いな」
「ですので、主であるオーナーの殺意を私は共有しますが、その反対はありません」
「本蔵」
「はい」
途端に張り詰めた空気を纏い私の名前を口にするオーナー。思わず私の肩に力が入ります。
「ここでその呼び方は止めろと言ったはずだが?」
「大変失礼しました。法務大臣」
私は目力のあるオーナーに恐怖して深く頭を下げました。お咎めを受けてしまいましたが、私に自殺願望が生まれなかったので、つまりは怒りのみですね。
「報告は以上か?」
「はい。以上でございます」
「本蔵、君には人を見る目を能力として付した。これからも店のことを口外しない適切な購入者選定を期待している」
「はい。ご期待に沿えるよう励んでまいります」
「うむ。では今日はもういいぞ」
「はい、失礼します」
最後は空気が張り詰めてしまいましたが、全体を通してはなんとか穏やかと言える範囲で私は報告を終えました。それではこの足でそのまま次の購入者候補になる顧客の見繕いに出掛けるとしましょう。
セミオーダー人材店 生島いつつ @growth-5
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