孤独訓練所に来るってことは、そうなんだろ?

ちびまるフォイ

意見を求める人は起業に向かない

「というわけで、起業したいんですよ」


異業種交流会に参加した俺は自分の夢を話した。

何をやっても長続きしない、会社勤めもうまくいかない。


その原因はやっぱり自分が主体となって行動できないのが原因だと思っていた。


「そうか、君は起業したいんだね」


「はい!」


「申し遅れた。僕はハイパー起業家クリエイターの山本だ。

 キミのように夢を追う若者を全力でサポートするよ」


「ありがとうございます! 俺は何をすればいいですか!」


「靴をなめろ」


「そういうのじゃなくて」


「起業家には必須の免許があることを知っているかな?

 孤独免許というものなんだけど」


「孤独……免許……!?」


「この世界は年中無休24時間ずっと誰かと連絡をするほどSNSが発達している。

 それだけに、孤独に対する耐性が失われているんだ」


「たしかに! 俺も友達から連絡が来ないと丑の刻参りを始めてしまいます!!」


「起業家はある種孤独との戦いだ。

 免許を取れば君も孤独に対しての耐性がついて、起業家になれるはずだよ」


「ありがとうございます!!」


孤独免許を取るためにやってきたのは都内某所の孤独訓練所。

たたずまいは自動車訓練所とほぼ変わらない。


「あの、孤独免許を取りたいんですが」


「では、こちらのカリキュラムに参加してください」


通されたのはごく普通の部屋。

机の上に1台のスマホが置いてある。


「ここにあるスマホで好きなだけSNS投稿してください」


「はぁ……」


テキトーに室内の写真を取ってアップしたり、

あらかじめ設定されている会話アプリの友達に連絡してみたりした。


しかし、そのどれも完全無視されている。


おびただしいほどの「既読」アイコンはつくのに誰からも連絡はない。


「ぐっ……! こ、これは……!! 負けるか……!!」


免許を取るためにぐっと気持ちを抑える。


「うわぁぁぁ!! 孤独怖いよォォォ!!」


他の候補生たちは孤独に耐えかねて続々と脱落をする。

その中で、奥歯を噛み砕きながらも必死に耐えきった。


「おめでとうございます。では次の部屋へ」


「まだあるんですか!?」


次は学校の教室を模した会場だった。

机に座らされると、周囲の楽し気な話し声が嫌でも耳に入る。


「こ、これもきつい……!!」


クラスで誰も友達がいない孤独。

1分1分が今まで感じたこともないほどゆっくり感じる。

周囲の話し声がまるで自分を嘲り笑っているように思えてくる。


「ぐふっ」


「救急車! 救急車をよべーー!!」


俺以外にも参加した候補生たちは孤独にさいなまれて脱落していった。

永遠に続くかに感じた試験もなんとか耐えきった。


「はぁっ……はぁっ……やりました……やってやりました」


「おめでとうございます。孤独免許を所得しました」


「よっしゃーー!!」


中央にデカデカと「独」と書かれた免許証をもらった。

これで起業家としてのスタートラインに立てる。


さっそく、ハイパー起業家クリエイターこと山本さんに連絡を取る。


「おお、ついに免許を取ったのか! おめでとう!」


「ありがとうございます! これで起業できるんですよね!」


「まあな。ところでどんな起業をするのかは考えてるのか?」


「いえ、人をサポートできるようなのがいいかな、とは思っています」


「うーーん。じゃあダメだ」


「え!?」


「そういうサポート系はますます難易度が高い。

 普通の孤独免許じゃまだダメだ。プラチナじゃないと」


「なん……だと……」


「プラチナ免許を取ればきっと起業できるはずだ! 応援してる!」


「ありがとうございます! 俺頑張ります!!」


寝泊まりしている橋の下から出て、また孤独免許の訓練所へとやってきた。



「あれ? まだ何かあるんですか?」


「ゆうて いみや おうきむ

 こうほ りいゆ うじとり

 やまあ きらぺ ぺぺぺぺ」


「そ! その呪文は!! いいでしょう、プラチナ免許ですね」


事前に聞いていた裏試験への呪文を唱えた。

関係者以外立ち入り禁止と書かれているトイレの個室からエレベーターに入り、

下へ下へ進むことと数分。広がっていたのは観光名所だった。


「すごい……! 観光名所がこんなところに! まるで修学旅行気分だ!」


「これは似せただけですけどね。

 これからあなたはここで数日過ごしてもらいます」


「なんだ意外と簡単じゃないか。プラチナ試験」


旅のしおり、と書かれた工程表を渡される。

この試験の恐ろしさに気付くのは夜になってからだった。


「まさか……本当に修学旅行なのか!?」


疑似的に修学旅行生とされた俺は全く知らない人と同じ部屋で、

しかも顔も知らない人たちと過ごさなければいけなくなる。


「ぐあああ! こんな地獄はじめてだ!!」


自分の存在をちらちら気にしながらも異物として処理される孤独。

あまりの辛さに血尿がとめどなく流れ、何度も吐いた。


試験が終わるころには悟りが開くほど洗練された。


「おめでとうございます。よくぞ耐えきりましたね。プラチナ免許です」


「ああ……やった……ついに手にいれた……!!」


光を乱反射するまばゆい免許証を手に入れた。

まぶしすぎてもう何が書いているのか見えない。


さっそく山本師匠に報告へ向かった。


「見てください! ついにプラチナ免許を手に入れました!」


「そうかそうか……ぷぷっ、ハハハハハハハ!!」


「何がおかしいんですか! ストレスで髪の毛全部が耳毛になったからですか!」


「クク、お前はバカだな! プラチナ免許をとって起業できると思ってんのか?」


「え? でも山本さんが……」


「嘘だよバーカ! むしろ逆! 起業家に求められるのは人脈!!

 プラチナ孤独免許取るようなやつは一生起業できねーよ!!」


「えええ! どうして!? どうして嘘を言ったんですか!!」


「ホントバカだな!! ライバルをわざわざ増やすわけねーだろ!

 お前がどんな仕事をするにせよ、邪魔者は排除しないとな!!」


「よくもだましたぁぁぁ! だましてくれたぁぁぁ!!」


プラチナ免許の落とし穴。

それは孤独に耐えられる強いハートを手に入れる反面、

人とのかかわり方を忘れてしまうという副作用があった。


そうならなくても、周りの人からは「孤独な人」として理解されてしまう。


「お前は一生孤独に生きやがれ!! あはははは!!」


山本は爆笑しながら指さした。

その言葉をきいてはっとした。


「それだ……! それがあった!!」


アイデアを閃いた俺はまた孤独訓練所の方へと向かった。


「バカめ! 今度はアルティメット免許でも取ろうってのか?」


山本は余裕の表情で見送った。






数日後。


孤独訓練所の横に別の施設が併設された。


「いやぁすばらしい。孤独訓練所の横に恋愛相談所を作るなんて」


「孤独訓練所に来る人は全員が孤独だからね。

 孤独を理解するということは、寂しさを恐れていることでもあるのさ」


「すばらしい!! おみそれしました!」


新しく始めたビジネスは大成功をおさめた。

あっという間に山本の会社の飲み込んだ俺はひざまづく山本の背中に腰かけていた。


「ご主人様、これから私は何をすればよいですか?」


「靴をなめろ」


「よろこんで!!!!」


頂点に君臨する人間はいつだって孤独だ。

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