第11話 尊属殺法定刑違憲事件

 ×××が言う。

 自分の幸福のためなら他人を犠牲にすべきだ。俺たち人間はすべからく閉じた世界のなかにいて、他人はのぞき穴から見える幻影でしかない。コミュニケーションは机上の空論だ。俺たちは閉じている。夢をみている暇があったらまずは自分を大切にすべきだ。世界で一番大切なものは自分だよ。本当は他人なんてどうでもいいんだ。そのくせ大多数の人間は自分がどういう人間で自分が何を大切にしているかすらわかっていない。だから変に苛立ったり怒ったりする。人間は理不尽だ。だから理不尽なことをすること自体は道理だが、馬鹿の理不尽は馬鹿自身にとっても価値のない理不尽だ。あいつらはもっとよく自分を知るべきだね。

 ×××はいつもどおりよくわからない笑みを浮かべる。

 その点お前はよくやっているよ。きちんと自分を理解し、自分の幸福を追い求めている。いやあ、成長したと思うよ、うん。なんか嬉しいな。

 ありがとう。わたしはお礼を言った。わたしの行いを正しく肯定してくれる人間がいる。それはとてもありがたいことだった。

 いま何歳になるんだっけ?

 もうすぐ四歳だよ。

 そっかー。月日が経つのは早いなー。あれだろ、子供ってあっという間に大きくなるんだろ。

 びっくりするくらいだよ。でも娘ってのは本当に可愛いな。早く大きくならないかなって思うよ。作ってよかった。

 お前の娘が中学生くらいになった頃には俺も死んでるかもな。

 ×××が快闊に笑う。

 裁判員裁判の結果、大方の予想どおり×××は死刑判決になった。×××の国選弁護人は精神鑑定をして彼の責任能力を争ったがその主張は認められなかった。わたしは×××に責任能力がないとはちっとも思えなかったが、裁判所も同意見のようだった。当の本人はというと、一度精神鑑定を受けてみたかったんだよねとお気楽なものだった。そして鑑定後には異常とまでは言えないってよと勝利のVサインをわたしに見せた。

 いつか×××は死刑になるだろう。けれど誰だっていつかは死ぬのだ。絞首刑は単なる死因でしかなかった。いつか確実に社会に殺されるとしても今更だ。私たちはとうの昔の社会に殺され、それでもまだ生きている。

 あーあ。×××が溜息をつく。刑務所にいて嫌なことは美味いラーメンが食べられないってことだよ。こいつはつらいね。

 ずっと前から言っているけど行きたかったラーメン屋を教えてよ。行ってきて味を教えてあげるから。

 嫌だ。お前が食って俺だけ食えないとかそんなの不公平だろ。絶対に教えない。

 ガキかよ。

 うるせえ。

 わたしたちは朗らかに笑いあった。

 ×××との面会の後、わたしは遅い昼食にラーメンを食べてから帰宅した。自宅には可愛い娘と出産から肥えた体型になった妻がいた。

 妻はもうだめだ。体型が崩れすっかり醜くなってしまった。殴る蹴るならともかく、あんな女とセックスする気にはなれなかった。性欲処理はもっぱら自慰で済ませるようにしている。

 しかし驚くべきことに妻を性欲の対象としてセックスをする男がいるらしい。らしいというかいる。気がついたきっかけは偶然だが、彼女は不倫をしていた。わたしが最初に感じたものはまだこいつに女としての価値を認めるやつがいるのかという驚きだった。彼女が不倫していたことにも驚きはしたが、ああ、なるほどねという平温な驚きしかわかなかった。元々出会い系サイトで売春していたような女だ。その股のゆるさは意外でもなんでもない。

 妻の不倫はわたしにとって怒ることでも悲しむことでなく、むしろ喜ぶべきことだった。なんなら諸手をあげて快哉を発してもいいくらいだ。彼女の不倫を理由とすれば後腐れなく離婚できるし、娘の親権だってこちらがもらえるだろう。結婚は契約だ。破れば責を負う。それを理解できていない豚より醜い肉塊は豚より愚かだった。

 世間では結婚が幸福の象徴としてもてはやされているが、あくまで結婚は幸福に至るまでの過程でしかない。わたしは結婚で幸福にはなれなかった。わかっていたことだった。結婚はわたしにとって手段だった。

 パパ、おかえりなさいっ。

 娘が玄関まで駆け寄ってくる。おかえりを言いに行くことが今の娘のお気に入りなのだ。

 ただいま。と抱きかかえると娘はきゃいきゃいと喜んだ。ああ、本当に可愛い娘だ。娘のためなら大抵の苦労は厭わないし、娘の成長を心底待ち望んでいる。きっとこれが愛なのだろう。ああ、わたしは娘を愛している! 夫婦関係は冷え切っているがそんなものは関係ない。わたしの人生は非常に充実していた。娘の成長が今のわたしの全てだ。たとえ社会がどんなディストピアだったとしても、わたしには娘さえいればいい。

 わたしは娘と遊び、夕食をとり、お風呂に入り、寝かしつける。

 そうして娘の寝顔を見ながらその成長を夢想する。中学生くらいになれば娘は一段と可愛くなるだろう。綺麗になるだろう。女らしくなるだろう。生理もきているだろう。娘の具合は素晴らしいだろう。その時が楽しみだ。毎日犯そう。泣いても犯そう。笑っても犯そう。受け入れたら犯そう。拒んでも犯そう。いつでも好きなときに犯そう。妊娠するまで犯そう。妊娠したら犯そう。出産したら犯そう。流産しても犯そう。非道いことだ。だがこれこそがわたしの求めていた楽しみであり生きがいなのだ。自分が勃起しているのがわかった。

 わたしは娘の髪をなぜる。わたしはいま幸せだ。娘は眠ったまま何も知らないかのように微かに笑った。

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チンポに突き刺さるディストピア感 ささやか @sasayaka

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