チンポに突き刺さるディストピア感

作者 ささやか

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★★★ Excellent!!!

人生を太宰治は悲劇名詞、喜劇名詞、どちらの語に分類しただろうか?

かなり昔に人間失格を読んだのでもう忘れてしまいました。

どちらとも分類したかもしれないし、しなかったのかもしれない。

思えば、人の生は主観的にみれば悲劇でしかありませんが、客観的にみればこれほどひどい喜劇はありません。

さて、あなたはこれを悲劇と捉えるでしょうか。

それとも、喜劇でしょうか。

答えは人の数だけあると思います。

駄文、失礼しました。

★★★ Excellent!!!

タイトルに騙されてはいけない。面白過ぎる。いや、しかしよく考えるとタイトルそのままの物語である。

ディストピア in ディストピア。
カタルシスに次ぐカタルシス。

確かに、心をガシッと鷲掴みされるし、間違いなくチンポにびんびん突き刺さる物語。
しかし――、タイトルから牽制球を投げている通り、※閲覧注意、ではある。
好きなひとは、ごっそり好きな語り口と構成力。とんでもないものを見た、最悪にして最高の気分。

★★ Very Good!!

おはよう東京。満員電車に乗る。鮨詰めの人の悪意に揉まれると、それだけで世を憎むに足る口実が生まれる。このストレスは戦場に赴く兵士のそれと同値だというのだから、戦後はとっくに戦争だったのだろう。

畢竟、年間15万の戦死者を横目に平然と振る舞える連中が正気である訳がなく、いやそもそも、その数兆倍の数を平然と水に流せる神が生み給うたこの世界が、まともである筈もない。

だから活動家が反戦を叫びながら自衛隊員を殴ったって良いし、護憲論者が家庭内暴力者でも矛盾はない。障害者が不倫をしたって許されるし、芸能人が枕をしたって誰も咎めない。聖職者が少年を犯し、教職者が少女を犯す。母親が子を売り、父親が子を孕ませ、孕んだ子はその子供をさらに堕ろす。そう、運悪く日の下に晒され、石の飛んでくる順番が回って来ない限りにおいて、それらは全て、正気の名の下に容認され得る日常の一幕だ。

斯くて「わたし」は最後、ディストピアの中に来るユートピアの可能性を見出して勃起する。それは将来の娘にとっては失楽園以外の何者でもなく、しかして切望する「わたし」にとっては、言祝ぐべき楽園の到来そのものなのだ。

 打ち上げ花火をどこから見ようがそんな事はどうでもいいが、誰かにとっての天国は、誰かにとっての地獄足り得る。だから少なくとも今は、自分なりのハッピーエンドを迎えつつある主人公に、ささやかなる拍手を送るべきなのだろう。

 最後の数行を読み終えた私は、銃夢という漫画の劇中で、愛娘を殺された父親に、犯人が投げかけた言葉がちらりと過ぎった。

「なああんた。本当はあんたが、こうしたかったんだろう?」

★★★ Excellent!!!

共感を呼ぶ作品である。鬱屈した現代社会の暗部――ではなく、あえて陽のあたる、恐らく誰もが目にするであろう日常に蔓延っている汚濁を直視した、生々しくもどこかユーモラスな、そんな小説だ。

いまの世の中、ひとたび外を出歩けばどこもかしこもストレスの嵐が吹き荒れている。いつもの通学路、通勤電車内、職場、学校は言うに及ばず、サービスを受ける各種店舗ですらそうだ。インターネットのSNSをのぞけば、それこそ他人の怒りや不満に、自身の感情をかき乱され、そして振り回されることも、決して少なくない。作品を一読すればそれは明白だろう。

よく「社会の闇」だの「心の闇」といった軽い言葉がマスメディアには登場するが、実はそういった社会の病巣というのは、実は闇ではなく、光の中にこそ潜んでいるのではないか。我々はそれに気づいていないだけなのではないか。そんなことを匂わせる、ほんの小さな、けれども決して軽くはないドラマがここには込められている。それらは、嫌な現実を切り取りながらもどこか滑稽で、どこか物悲しく…読者である我々の心に鈍く突き刺さる。のどに魚の骨が刺さるような、そんなもどかしい痛みは、はたして主人公のとりとめのない「妄想」によって浄化されてゆくというのが本作品の肝である。

最初、この作品を一読した時に、映画「フォーリング・ダウン」めいたものを連想したのであるが、幸か不幸か連載途上にある現段階で、語り手である「わたし」はすんでのところで踏みとどまっているのが興味深い。そして、その一線の危うさと確かさに、大きな安心感とカタルシスを覚えるのである。

作風は極めてシュール、だが、そこに描かれているのは紛れもないリアリズムである。この物語の終着地点がどこにあるのか、それはまだ見えないが、今しばらく見守ってゆきたい。