終章

 渡瀬川わたせがわは、樹脂で固められた脳の標本を弄びながら、喋るオモチャ達の活動状況を表示しているタブレット端末を眺めていた。

 向かいのソファでは、久条ひさじょうがオモチャお手製のパウンドケーキを食べながら紅茶を楽しんでいる。


「浮かねぇ顔だな、不死身の」


 渡瀬川は顔を上げて、頬を撫でた。そんな顔をしているつもりはなかった。


「オモチャの王国は今日も明るく楽しく、不幸な老若男女を救ってるじゃぁねぇか。俺達はよくやった。ケーキも美味い。そうじゃねぇか?」


「ええ、その通りです」


「そんならお前、もうちぃっと、こう、ウキウキした顔しろよ。虹の彼方とまではいかねぇが、虹の麓ぐらいには来ただろう」


 虹の麓、確かにそうだ。現状は、まだ理想に届いたわけではないが、近いところには来ている。

 それでも渡瀬川がウキウキとして踊り出せないでいるのは、そもそもそんな性分ではないというのもあるが、何かがモヤモヤと居座っているからだった。


「私は……実のところ、全部破滅することを望んでいたのかもしれません」


 久条は驚きもせず、頷きながらケーキを口に運ぶ。


「全員がオモチャになって、人類文明の全てが廃墟と化すこと、それをもって、人間なんてものは、所詮この程度の動物だったのだと、笑いたかったのかもしれない」


 久条は笑った。

「さすがにそろそろ、そういうのは抜けたかと思ってたんだがな」


 渡瀬川は肩をすくめた。

「私も、そう思っていました。本物を救済することで、私が救われる道も見つかるだろうと、自分でもそう信じていると、思っていました。しかし、実際にそれらしいものが見つかってみると」

 虚空を手でかき回して言葉を探す。モヤモヤとしたものがなんであるのか。

「そうだ。こんなはずじゃなかった。そんな思いが出てきた。私は、自分でも今気付いて驚いているんですが、結局何も見つからないまま、全部破滅して、やっぱりこうなった、道なんか無いじゃないかと、そういう結果になることを望んでいた」


「皮肉なもんだな。そうして作ったものが、虹の彼方の理想郷に近づくとはよ。そいで、なんだ。癇癪を起こしてオモチャ全部ぶっ壊すか? たくさんの人間を泣かせるだろうぜ、俺も含めてな」


 ケーキを持ち上げて見せる久条に、渡瀬川は笑った。


「そんなことしませんよ。ただ、そうだな、私は負けたんです。人間は、所詮この程度と言って指を差して笑えるような相手じゃなかった。だから、久条さんは『よくやった』のだとしても、私は『よくやってしまった』んですよ」


 愉快そうに久条が肩を揺らした。

「お前さんって奴は、まったく難儀な人間だねぇ。ほら、ケーキでも食って元気出せよ」


「食べかけの方を渡さないでくださいよ」


「こっちは大事に取っておいた抹茶あずきなんだよ。敗北を認めて、同じ型のケーキを食って、それでまた理想に向けて再出発しようじゃねぇか」


「そんな同じ釜の飯みたいな」

 渡瀬川はため息をついて、食べかけのケーキを受け取った。

「そういうことなら、抹茶あずきも半分ください」


「仕方ねぇなぁ、ほらよ」

 切り分けたケーキと、紅茶を差し出して、久条は自分のカップを持ち上げた。

「それでは、我々が虹の麓にたどり着いたこと、そして、これから虹の彼方を目指す旅に出ることを祝しまして、乾杯!」


 満面の笑みの久条に、渡瀬川は苦笑含みの「乾杯」で応じたのだった。

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廃体.jp 稲生葵 @Inou-Aoi

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