(15)謎のままでも大団円

「いてて……、っのやろう! 血が出てるじゃねぇか!?」

 しかしそれに構わず、周囲は塩を浴びせ続ける。


「しぶといな、悪霊野郎!!」

「うわぁっ!!」

「ふぎゃっ!! ぎ――ッ!!」

「ぶふぁっ! うげっ!」

 そして塩を浴びた直後に、クロに顔面に飛びかかられた大崎は、その身体で傷口に塩が擦り込まれでもしたのか、悲鳴を上げて尻餅を付いた。そこにまだたっぷり塩が入っているバケツや洗面器片手に、千尋達が詰め寄る。


「覚悟しろ、悪霊!!」

「怨霊退散!!」

「げっ! ちょっ、待っ!」

「そうれっ!」

「げはっ! うげっ ぐあっ!」

 頭上から文字通り塩が降り注ぎ、それが口や鼻にでも入ったのか、大崎が盛大にむせた。それを千尋達は、冷ややかな目で見下ろす。


「しぶといわね。警察を呼ぶ?」

「悪霊なんだから、呼ぶのは警察じゃなくて坊主じゃないか?」

「あ、それもそうね」

「じゃあ住職を呼びましょうよ」

「あんたら……、こんな事して、ただで済むと思うなよ!?」

 事ここに至って、自分が偽名をかたっていたのが完全にバレていると悟った大崎が、怒りの形相で吐き捨てたが、千尋達は怯むどころか相手をせせら笑った。


「あぁら、名前も姿もバラバラで現れていた悪霊に、相応しい対応をしただけだわ。人間扱いして欲しかったら、真人間に生まれ変わってからいらっしゃい」

「悪霊の分際で、訴えるつもり?」

「あら、どこに? なんて言うのかしら?」

「閻魔様に『全身に塩を撒かれて、成仏しかけました』とか?」

「そりゃあいい」

 そこで五人に爆笑された大崎は、捨て台詞を吐きながらリュック片手に駆け去って行った。


「くそっ……、覚えてろよ!!」

「とっとと失せろ!! 悪霊野郎!!」

 そして店内に残った面々は、口々に笑顔で言い出す。


「はぁ、すっきりした」

「だけど無様だったわね」

「本当。しばらく思い返して笑えそうだわ」

「千尋さん、しっかり撮影しておいたから」

「ありがとうございます」

「よし、じゃあ子供達が来るまでに、ここをちゃんと片付けておかんとな」

「そうね。この有り様じゃ、びっくりされるわ」

 床に塩が撒き散らされ、所々山盛りになっている惨状を見ながら皆が苦笑していると、出入り口から二人連れの子供が顔を覗かせた。


「こんにちは。お姉さん、お菓子……」

「……どうしたの?」

 予想に違わず店内を覗き込んだ子供達は目を丸くし、それに千尋達は苦笑しながら応じた。


「ごめんね? ちょっとした大人の事情なの。すぐに片付けるから、ちょっとガレージの方か、公園で待っていてくれるかな?」

「うん、いいよ?」

「ガレージでまってる」

「ありがとう」

「箒とちりとりは?」

「山になっている所は、ボウルですくっても良いわよね?」

「覆っていたビニールは剥がすわよ?」

「……大人って、へんなことするね」

「うん、わからないね」

「なうっ!」

「あ、クロだ」

「……クロも、何をやってるの?」

 そして千尋達が分担して手早く掃除を始め、クロが水気を払うように身体を震わせて付いた塩を払っているのを、子供達は不思議そうに見守っていた。



「うわぁ! まっしろだ!」

「あはは、笑えるっ! 本当にまともに塩を浴びてるね!」

 夕食後に子供達だけで部屋に集まり、千尋がスマホの画像を披露すると、聡美と健人は想像していなかった自称大崎の惨状に、手を叩いて喜んだ。それに不敵に笑いながら、千尋が説明を続ける。


「物理的な暴力をふるったわけじゃないし、泥水やペンキとかをかけて、服を台無しにしたわけじゃないし。塩はすぐに、払い落とせるもの。悪霊と勘違いした不審者めがけて塩を撒いただけなんだから、こっちを責めるなら責めてみなさいよ」

「そうだよね」

「てんちゅーだね!」

「健人、難しい言葉を知ってるのね。凄いわ」

「うん!」

 そんな大盛り上がりの室内の会話をドアの所で漏れ聞いた義継は、無表情のまま書斎へ向かった。その後に付きながら、理恵が些か心配そうに囁く。


「あなた、本当に大丈夫なの? その大崎さんって人が、仕返しをしたりしないかしら?」

 そんな妻の懸念を、義継は廊下を歩きながら一刀両断した。


「例の大崎某とつるんでいたと思われる不動産屋は違うが、元々あそこを開発しようとしていた大手ディベロッパーの、メインバンクはうちだ」

「あらまあ……、そういう事」

「手を出そうとしていた土地がいつの間にかそこの副頭取名義になっていて、それをさり気なく融資担当者から耳打ちされた担当者は、それなりに動揺しただろうな」

 それを聞いた理恵は、呆れ顔で肩を竦める。


「相当動揺したと思うわよ? それなら今後、変なちょっかいを出される心配はないのね」

「よほど変な筋に、目を付けられない限りはな」

 そこで書斎に入った夫に、理恵はさり気なく問いかけた。


「この事を、千尋さんに教えてあげないの?」

「保有不動産を売り買いする度に、どうして一々子供に教える必要があるんだ。それより、珈琲を持って来てくれ」

「……はいはい、分かりました」

 素っ気なく言われた理恵は、(相変わらず素直じゃ無いんだから)と内心で呆れつつも、余計な事は言わずに台所へと向かった。



 それからも幾つかの些細なトラブルは発生したものの、問題無く営業を続けていたよろづやは、無事に退院した尚子が店に立つ日になった。

「お母さん、身体は大丈夫?」

 一応、前日引き継ぎはしたものの、心配して様子を見に来た千尋に、尚子は少し困ったように笑う。


「勿論よ。ちゃんと退院できたんだし、心配いらないわ」

「例の制裁事件の後、奴は姿を見せていないけど、変なちょっかいを受けたらすぐに知らせてよ?」

「ええ、そうするから」

 それを聞いて安心すると同時に、千尋にちょっとした疑問が生じる。


「だけど……、あんなに手の込んだ真似をしておきながら、意外にあっさり引いたわね……。また何か企んでくるかもしれないから、油断しちゃ駄目だからね?」

 真顔で忠告してくる娘に、(その可能性は無いと思うわ)と言いたかったものの、義継が動いていた事実を口にした場合、文句を言われるのは確実だった為、尚子は曖昧に笑って誤魔化す事にした。


「あ、そうそう。千尋に渡そうと思って、準備しておいた物があるの」

「何?」

「はい、これ。私の代わりにお店に入って貰った分の、バイト代よ。法定最低賃金で時給換算させて貰ったけど」

 カウンターの引き出しに入れてあった封筒を取り出し、尚子がそれを差し出すと、千尋は困惑顔で言い返す。


「親子なんだから、ボランティアのつもりだったんだけど?」

「私は最初から、払うつもりだったわよ。親子とはいえ生計は別だし、面倒をかけちゃったしね。それに、これで何も出さなかったら、あの人から嫌みの一つもきそうだわ」

「迷惑料込み、って事か……」

 そして一瞬、難しい顔で考え込んだものの、千尋はそれを受け取って頭を下げた。


「分かりました。正当な対価として、ありがたく頂いていきます。今回は色々、勉強になりました」

「そうして頂戴。就活頑張ってね」

「お母さん……。最後の最後で、一言余計よ」

 がっくりと項垂れた娘を見て尚子が笑いを誘われていると、足元から間延びした声がかけられた。


「なぉお~ん」

「あら、クロ。いらっしゃい。今日も毛艶が素敵ね」

「本当に得体が知れない奴ね、あんたって」

 笑顔の尚子と呆れ顔の千尋に出迎えられたクロは、いつも通り店の奥に悠然と進み、定位置の丸椅子に飛び乗って、そこで穏やかなひとときを過ごした。


(完)

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相棒(バディ)は黒猫(クロ) 篠原 皐月 @satsuki-s

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