砂漠で終わる一つの人生

かるご

旅人

 赤銅色の砂の大地。

 変わらぬようで、確実に変化する地。

 遥か遠くの異国からは想像もできない姿のその地を人は砂漠と呼んだ。


 旅人は歩き続けた。

 2つのコブを持つ相棒ラクダと共に。

 片手に持ったコンパスが指す北へ、と。


 サボテンが、花を咲かせて群れていた。

 赤と緑のコントラスト。

 同じ背丈のものは一つとして無い。

 花だって、欠けているものもあれば、枯れているものもある。

 しかし、その光景はどこか心打たれるものがあった。

 それを彼は写真に収め、歩き出した。


 時は流れ、夜となった。

 満天の星空を見上げ、彼は歩みを止めた。

 枯れ木を積み上げ、火を起こし、乾いた喉に水を流し込む。

 満天の星空を見上げ、故郷の歌を歌いながら、皮袋に入った果実酒をちびちびと飲み夜を明かした。


 変わらぬ景色、いつもの朝がやって来た。

 軟らかな砂を踏みしめながら、ゆっくりと、しかし確実に進み続ける。

 ぎらぎらと輝く太陽の下ではハゲワシが飛び、彼を横目に死肉を探す。


 彼はそれに気づくことなく、ただただ歩く。

 数刻前に砂漠の商隊キャラバンが通ったことなど知るよしもない。

 それどころか、すぐ後ろで砂漠の鼠が自身の足跡を踏んだことにすら気づかない。

 そのまま日は沈んでゆく。

 薄ぼんやりとした紫色の空にクレヨンで描いたような朱色の線が幾つも交わっている。

 その景色を背中に、彼は歩む。


 ときにハイエナの群れに襲われかけても、吹き荒れる砂の嵐に巻き込まれても、北を目指すことを止めなかった。


 一体どれだけの日が出、沈んだのだろうか。

 恐ろしいほどに変化のない砂漠に男は倒れていた。

 あれだけ盲目的に北へと歩み続けた男は足を負傷した。


 霞む視界にハゲワシやコンドル、ハイエナの姿が写った。

 彼は死を悟ったと同時にここが目指した地であることに気がついた。

 最後の力を振り絞り、カメラに手を伸ばす。

 そして、1枚の写真を撮った……



 彼がもし、どこも目指さなければどうなっていただろうか。

 その生の間に起こった砂漠の僅かな変化を見続けただろうか。

 それともそれに気づかず何もできなかっただろうか。


 では、彼がもし、北ではない地を目指していたらどうであっただろうか。

 白亜の大理石で作られた街へ着き、全く別の人生を歩んでいたかも知れないし、全く変わらず同じ人生を歩んでいたかも知れない。


 彼の人生は無駄だっただろうか。


 そんなことはない。

 彼の旅は砂漠に何らかの影響も与えていないが、彼の遺体は砂漠の住民に喜びを与えた。

 彼自身、目的を達成し、僅かな満足感を抱いて死んだ。



 赤銅色の砂の大地。

 砂埃と共に数枚の写真がくるくると回った。

 そこに撮られていたものは……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

砂漠で終わる一つの人生 かるご @Karugo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ