最終話【孫子の兵法】

〝『北朝鮮をロシアと中国に占領させる』、これを『素晴らしい考えだ』と評価した上で世界中に吹聴してやるつもりだ。ただ国連云々とかいうツッコミはこの際無しだ〟


(そう言われてしまうと身も蓋もないのだが——)と砂藤首相は思ったが敢えて突っ込まないことにした。


「私がこれを言うのもなんですが、国内外を問わず猛烈な攻撃が始まりますよ。どう反論するんですか?」砂藤首相は問うた。


〝プライムミニスター・サトー、まさか攻撃側に立たないよな?〟


「言いだした本人です。立つわけがないでしょう」


〝私とあなたの間には奇妙な信頼関係があるということだな〟


「〝奇妙な〟というところが引っ掛かりますが」


〝まあそこは気にしてくれるな。ただなぜあなたの考えを支持するかと言えば合理的に考えた結果なのだ。しばらくの間私の話しを聞いて欲しい〟


「分かりました」


 ジョンストン大統領は言う。

〝まず私は既存の固定観念を退け『合理性』のみを基準とすることとした〟


「はい」と砂藤首相が相づちを打つ。


〝『北朝鮮をロシアと中国に占領させる』、これの目的は『北朝鮮核問題』の解決のためだ〟


「むろんです」


〝ところがこの解決法に反発する輩が山のようにいる〟


「その通りです」


〝まずそいつらが唱える『北朝鮮核問題』の解決法にそれほど解決力があるのかどうかを考えてみた〟


 砂藤首相は黙って聴き続ける。


〝実は現状唱えられている解決法はふたつしかない。外交交渉か軍事オプションかのどちらかだ。ちなみに『経済制裁』は外交交渉に持ち込むための手段でこれ自体は解決法ではないと私は考えている〟


「もっともです」


〝ちなみに『北朝鮮核問題解決法』としてどちらが優勢かといえば、無定見と混沌の中にある、としか言いようがない〟


「と言うと?」


〝外交交渉と軍事オプション、どちらも『北朝鮮核問題解決法』としては致命的欠陥を持っている。ちなみに我が政権内では外交交渉派は国務長官を中心とした連中で、軍事オプション派は国防長官を中心とした連中だ〟


「どのような欠陥なのでしょう?」


〝外交交渉派は『北朝鮮と前提条件無しで話し合え』と言い出したりするが何らかの外交的妥結をするとして、問題は嘘つきと約束しなければならないというところにある。ヤツらがまた騙され無能扱いされるのはいいとして『ジョンストン政権』がしくじったと言われるのは勘弁して貰いたい〟


「……」


「一方軍事オプション派は『撃ってしまえ』という連中だが肝心の足下で『大統領の核攻撃命令が違法なら従わない』と軍人が言い出す始末だ。北朝鮮の連中に『我々が核武装しているからああなるのだ』と変な勘違いと期待をさせかねない。また戦争となれば同盟国の協力が必要不可欠なのに『核攻撃しないケースがある』と言われた日には、『アメリカ本土と同盟国の国土の扱いの差』を嫌でも同盟国に意識させることになる。これでは同盟国に戦争協力させるのは無理筋というものだ。核武装したヤツらを相手に戦争するのに軍人がこれじゃあ戦えるわけがない〟


「なるほど、手詰まり、というわけですか」


〝だがあなたの言いだした解決法は第三の解決法なのだ〟


「支持はされていませんが」


〝プライムミニスター・サトー、合衆国内においてその考えはなぜ支持されていないと思う?〟


「勝手なことをやったからでしょう」


〝的確だ。この第三の解決法を否定するその論拠は『感情論』にしかない〟


「しかし我々は議論の勝ち負けを競っているわけではありません。責任ある立場の人間なら合理的な判断を……」


〝とは言えそんな人間ばっかりなのだ。そういうのを『無能』と言う。山のようにいるぞ。まあ私に言われたくはないだろうがな〟


「はあ……」


〝例えばウチの国務長官な、かなりの無能だったろ? あれが典型的だ。威圧することしか能がない〟


「……個人的にどうとも思ってませんが。そういう誘い水はお断りします」


〝ところが無能の無能たる由縁は、個人的に『どうにか思う』、ってところにある。要は感情が制御できない。この手の無能は国内(アメリカ国内)のあちこちにいる。しかもそういうヤツに限って社会的地位が高い。そういう人間はわりと珍しくない〟


「つまり私は広範囲に遺恨を持たれたわけですな」


〝有り体に言えばそうなる〟


「それは面倒です。私が個人的に恨まれるのはともかくとして日本そのものが恨まれるのは困る。彼らの説得はどうすればいいでしょう?」


〝いや、無理だろ〟


「え、あっさり『無理』と言われましても……」


〝そもそも人の話しを聞く耳を持ってたら有能になるだろ?〟


「……私は『日米関係はどうなってもいいのか!』と部下に脅されましたがそれが現実になってしまったというわけですか」


〝日本人は生真面目だなぁ。説得なんて考える必要は無い。無能は無能として取り扱えばいいじゃないか〟


「私にはそういう傍若無人な真似はできません」


〝なにを言っているんだ? あなたの言った策を実行すればいいだけだ〟


「私が言った?」


〝結束させず分断させ対立させる。確かなんてったっけ? そう、ソンシだ。ソンシっていうんだろ。これくらいの教養はある〟


(そんし……孫子か)


〝私はあなたが『日米韓の結束よりもロ中北の分断の方が効果がある』と言ったとの報告を受けてソンシを思い出した。ロ中北だけじゃない。貨物船水爆テロの恐怖を煽り、ロシア政府とロシア国民を対立させること、中国政府と中国国民を対立させることも可能だ。不安と怒りの相乗効果だ。こうして敵方に分断と対立を発生させ北朝鮮の後ろ盾を壊してしまうとは!〟

 ジョンストン大統領が興奮気味に語る。


〝そこで改めて『北朝鮮をロシアと中国に占領させる』という北朝鮮核問題の解決法を考えるに、一見無茶そうだがこれほど合理性のある案も存在しない、そういう結論に至った〟


〝まず前提として『北朝鮮は核兵器を輸出する』、が成り立つかどうかを考えた〟


 砂藤首相は黙ったまま耳を傾け続ける。


〝ヤツらはミサイルを輸出しようとした。『核兵器だけは輸出しない』とは言えない。外貨を得るためならばどんなヤバいものだって売るのが北朝鮮だ〟


〝次に、北朝鮮に『核兵器を輸出しない』よう約束させることは可能か? について考えてみた〟


〝約束させることは可能である。ただその約束が守られ続けるかについては保証の限りではない。核合意という約束を二度破ったことから考えるに今回に限り約束が守られ続けると考えるのはあまりに根拠が薄弱だ。また破られると考えるのが妥当である〟


〝さらにその次、『テロリストは核兵器を買えるか?』だが、テロリストだからといって別に貧しくはない。むしろカネを持っているからこそテロが続いている。テロリストに共感する者は後を絶たないのが現実で、金持ちだから共感しないということはない。富豪が一人共感するだけでテロリストが巨額の献金を得ることもあり得る。つまり北朝鮮の核兵器をイスラム過激派が買う可能性はある。また北朝鮮の敵とテロリストの敵が一致してしまった場合、北朝鮮が割引価格で核兵器を提供する可能性もある。その際この合衆国に危険が及ぶのは間違いない〟


〝北朝鮮の核兵器は水爆でありそれ故攻撃対象まである程度の距離があっても目的を達することができる。貨物船に水爆を積み込み攻撃目標都市への入港直前のタイミングで起爆させるという手法でテロ攻撃は成功してしまう〟


〝ロシアがチェチェン人というイスラム教徒達を殺害してきたのは事実である。中国がウイグル人というイスラム教徒達を殺害してきたのは事実である。しかも中国の方はウイグル人の土地を核実験場にしている。故にロシアと中国もまたイスラム過激派の貨物船水爆テロの標的となっても不思議はない〟


〝そうした事態を防ぐためロシアと中国が率先して北朝鮮を管理するのは正しい〟


〝なぜロシアと中国がその役割を果たさねばならないかと言えば核保有国だからである。北朝鮮も既に核兵器を保有しており、これに対抗できるのは同じ核保有国しかないからだ。また北朝鮮という国家はロシア人が造って中国人が育てた国である。これまで両国が北朝鮮の後ろ盾となってきた歴史的経緯を鑑み彼らがをとらねばならないと考えるのは合理的である〟

 ジョンストン大統領は理屈を全て述べ終わった後、


〝完璧じゃないか‼ プライムミニスター・サトー!〟と叫んだ。


「しかし支持は広がりませんでした」


〝これから広げるのだ〟


「とは言え私はできることはやったつもりですが」


〝プライムミニスター・サトー、あなたは生真面目すぎる〟


「ではどうすれば人は話を聞いてくれるのでしょうか?」


〝ときに、世の中が混迷を深め続けているような時代に『小利口な人間』と『バカな人間』が勝負したとして勝ち残るのはどちらの人間だろうか〟


「そう訊く以上は『バカな人間』ということになりますか」


〝ご明察だ。バカには突破力がある。小利口な人間にはそれが無い〟


「それで『バカ』ってのはなんです?」


〝『バカ』ってのは私のことだ。なにせ大統領なのにほぼ誰も尊敬しない。だが無能が数を集めてもバカの突破力には敵わない〟


「確かに時代を切り開くのは少々はずれた人間ですが、『バカ』と言い切ってしまっては、『アメリカのためにならない』と非難されるのがオチで、悪くすれば『日本の代理人』とさえ言われてしまうのでは」


〝結局『同盟国を核攻撃すれば速やかに合衆国の核が報復する』が信用の無いことばになってしまったから、その罪滅ぼしのため、とか思われるということか?〟


「個人的にはそのことばだけで結構ですが」


〝それについては半分ほどそういう思いはあるが半分ほど勘違いをしている。私は合衆国のために、サトー、あなたの提案が合理的だと評価しているだけだ〟


「ネガティブキャンペーン対策は本当に大丈夫なのですか?」



〝『貨物船水爆テロ』には痺れたな——〟ジョンストン大統領はつぶやくように言った。


「そういうことを言うと問題発言になるのでは?」


〝正確に言うとロシアや中国がイスラム過激派の核テロの標的になると大っぴらに言ってやれるというのが良い。ジーザス・クライストでもないのに我が国(アメリカ)が全ての罪を背負わされるのは理不尽だ。確かにイスラエルの件があるから合衆国がある程度イスラム教徒達の憎しみを買うのは仕方ないが、イスラム教徒を多数殺害しているロシアや中国が合衆国並みにテロの標的にならないのはおかしいということだ。つまり標的が複数あれば危険は分散するのだ〟


「確かに複数あった方がアメリカ的には良いでしょうな」


〝まだあるぞ。あの中国が進めてる『イッタイ・イチロ(一帯一路)』とかいう、アジアとヨーロッパを結ぶのだとか抜かす外交経済政策、露骨に我が国(アメリカ)を外した大国気取りのあの忌々しい外交経済政策な、あれを潰すことが可能になる〟


「さて、私はそこまでは考えてはいませんでしたが」


〝さあ、あなたもプゥチャーチン並かな〟


「まさか」


〝地図を見れば一目瞭然だ。陸路をとるにせよ海路をとるにせよ、あれはイスラム教国との友好関係が無ければ成り立たない計画だ。だが実際のところ中国がウイグル人というイスラム教徒達を殺害してきたとなればイッタイ・イチロは『死のテロ・ロード』になるしかない。中国の野望をしくじらせることは合衆国の国益だ〟


「それならストンと腑に落ちます」


〝『約束破りの北朝鮮』を逆手にとってイスラム過激派への核拡散と貨物船水爆核テロという悪夢をちらつかせロシア国民や中国国民の不安を煽る。奴らの対北朝鮮政策を根本から変えさせるのにこれほど効果が見込める方法もない。これをブチ上げたらいろいろ面白いことになる〟ジョンストン大統領は言った。


 その話しを聞きながら砂藤首相は思っていた。

(大統領、本当に気づかないのか知っててボケをかましているのか相変わらず読めない人ですが、『北朝鮮占領の大儀』、それは『核兵器を使わせないため』意外にあり得ないんです。

 世界最大の核保有国がその大儀に賛同してくれるんですね)


                                 (了)

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『核兵器』(よもやの第2部) 齋藤 龍彦 @TTT-SSS

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