Who Is She

 糸織は地元から離れた高校に通うために、今から7年前の3月から実家を離れて一人暮らしを始めた。それから1年後に私も一人暮らしを始めたから、なおさら糸織との接点は無くなった。一応、お互いに連絡をとりあって遊びに行ったりすることはあったけれど、それも年に数回だけだし、まったく会わない年もあった。つまり、その時期の糸織の交友関係を私は知らない。


おかしい。糸織が私のことを呼ぶときは、いつも"しお姉"だった。たまに"姉ちゃん"と呼ぶことはあっても、"姉さん"と呼ばれることだけは絶対に無かった。ということは、もしかすると私の知らない"糸織のコミュニティ"の中で糸織が慕っていた女の人がいたのかもしれない。糸織が実の姉である私以外に、姉のように慕える人物。誰だろう?もしそんな人がいたとしたら、"その人"なら、私の知らない生前の糸織について、何か知っているかもしれない。


 私は急いで、糸織のPCやスマホから"姉さん"の手掛かりを探した。

 そして"その人"は、すぐに見つかった。

 「本当にいた。・・・多分この人だ。」

 それは、糸織が使っているSNSにフレンド登録されていた≪九鬼くき 弥生やよい≫さんという女性。

 その人と糸織の二人がやり取りをしているメッセージの中で、糸織は確かにその人のことを"姉さん"と呼んでいた。この人が糸織にとってのもう一人の"姉さん"なら、きっと私の知らない糸織を知っているはず。

 この人から、話を聞きたい。生前の糸織のことを。私の知らない糸織のことを。

 私はすぐにその女性に向けて糸織の携帯端末からメッセージを送った。メッセージの内容には、このメッセージの差出人が糸織本人ではなく"ワタシ"、つまり糸織の姉であること。次いで、一か月前に糸織が息を引き取ったこと。そして、"ワタシ"が生前の糸織のことを何も知らないということ。それらの文章を打ち込んだ後、『出来れば、生前の糸織についてあなたからお話を聞きたいです。連絡お待ちしています。』という一言を添えて、私は送信ボタンをタップした。


 「はあ。」


 糸織は実際に"この人"のことを"姉さん"と呼んではいるけれど、糸織がその人をどのくらい慕っていたかも分からない。"この人"がどのくらい糸織のことを知っているのかも分からない。糸織が"この人"のことを"姉さん"と呼んでいたのはただのノリかもしれないし、"この人"からそう呼んで欲しいと言われたのかもしれない。

 一つだけ確かなことは、日記に書いてあった『"姉さん"にも見せたい』という言葉。少なくとも、自分が見た景色を相手にも見て欲しいと思える程、慕っている人が実際にいるということ。

それ以外は私の"そうであって欲しい"という欲望であって、現実がどうなのかはわからない。

 そんな大きな賭けに、私は思わずため息を漏らした。

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My Little Brother Chika @chikafuji

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