二ヶ月前

03, Lover

純白の教会。純白のバラ。純白の翼。

美しいステンドグラスに照らされた、幸福と信仰を具現化したような場所。


「ごきげんよう、フィリア。いるかしら?」


敵意を剥き出しにした声が、教会の外から響く。


「……ええ。いますよ」

「ふふっ」


フィリアの返答を合図に、その声色が変わる。さっきまでの敵意はまるで無い、甘く優しい声。


「会いたかったわ、フィリア。この日のためにね、たくさんのプレゼントを用意してきたの。甘いお菓子にワイン、それに、あなたの好きなバラもたくさんね」

「まあ……ありがとうございます、カロス」


ワインをグラスに注いで、甘いお菓子をめいっぱい並べて。ふんわり良い香りが広がるのを感じながら、ふたりでワインをゆっくりと。


「ねえ、フィリア。わたしたち、なんとか一緒になれないかしら」


黒い少女がそう言うと、白い少女はうつむき、黙りこくってしまった。

目を伏せて、黒い少女の方を見ないように、極力下を向いて。


「わたしね、いろいろ考えてみたの。まず、わたしがテオスに直接話す方法。それから、わたしとフィリアのふたりで教会を作ってしまう方法。最後に……ふたりだけで、ここから逃げ出す方法」


その目に冷徹さを宿し、黒い少女は言葉を紡ぐ。悪魔らしい、願いの成就だけを目的にした策を、よりにもよって天使に告げる。

それがなにを意味するか、彼女はきっと理解しているのだろう。けれど、指先が震えることはない。意思が揺らぐこともない。

たとえ嫌われるかもしれなくても、わたしはあなたが良いんだ、と。


「…………カロス。今は、二人の時間を楽しみましょう。貴重な時間です。……無駄にしたくありません」

「もう、フィリアってばそればっかり。……けど、そうね。わたしも——ええ」


天使と悪魔が目を合わせる。

なんとなく、見つめあったまま。ぼんやり、お互いの目を見つめて。

気がつけば、お菓子を食べる手は止まっていた。


「綺麗な目。わたし、フィリアの目が好きよ」

「ありがとうございます。私は、カロスのすべてが好きですよ」

「……ずるいわ、フィリア。それなら、わたしもあなたのすべてが好き。黄金色の髪も、藍色の目も、真っ白で透明な肌も、柔らかい手も、甘い匂いも」


白い少女が頬を赤く染め、小さい声でなにかを呟きながら目をそらす。


「なあに、聞こえないわ。もう一回言ってちょうだい?」


黒い少女が笑みを浮かべながらそう言うと、白い少女は手で顔をおおいながら、同じ言葉をもう一度。


「ひ、卑怯ですよ、カロス……っ」

「ふふっ。ぜんぶ本当のことよ、フィリア」


白い少女がふうっと息を吐き、意を決して黒い少女を押し倒す。

それでもなお顔の赤い白い少女と違い、黒い少女はまだにこにこと微笑んでいる。


白い少女は恥じらいを封じ込めるように目を瞑りながら、ゆっくりと黒い少女に顔を近づけ——もう少しで唇が当たるというところで、黒い少女がぐっと白い少女を引き寄せ、口付けた。


「……どこまでやるのかしら、フィリア? あまり遅くなると、テオスに見つかってしまいそうで怖いのだけど」


白い少女をからかうように、黒い少女がくすくす笑う。

赤い頬、白い肌、黄金色の髪。


「ああ……わたし、やっぱりフィリアのことが好きだわ。ほんとうに……」


ふたりだけで逃げ出せたらどんなに良いか、なんて。そんな風に思いながらも、今はこうしていたいと思ったのだろう。

黒い少女はそれを口にしなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Rosa cvs. 薔薇ゆり @rose_lilium

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ