エピローグ シチューライス

エピローグ

 夜空を見上げると、満月がぽっかりと浮かび、星々が輝いていた。

「音葉、良かったな。おじさんたち、きっとまた今まで通りの二人にもどってくれるよ……」

 しかし、振り返っても音葉はいない。

 俺の中には、大きな虚無感と喪失感だけがあった。

 またあふれ出そうになる涙を必死に堪える。

 俺は、もう泣かない。

 音葉は強かった。自分が消えると分かっていながら、弱音一つ吐かなかった。おじさんとおばさんのことを思い、この結果を選んだのだ。俺がまた音葉に心配をかけるわけにはいかない。

 そう決意を固めながら、自分の家の玄関を開ける。

 そこには、ここのはの姿があった。お座りをして俺のことを見上げている。

「おまえは、ちゃんと俺が面倒みてやるからな」

 抱き上げると、ここのはは身体をすり付け、あまえるように『みぃ』と鳴いた。

 ──音葉

 自室に向かい階段をあがっていると、空気を読めない腹の虫が悲鳴をあげた。

 そういえば腹減ったな。

「緊張しっぱなしで、今日はなんにも食ってねえや」

 部屋のドアを開けながら、つぶやく。

「私もお菓子食べたい~」

 机の上にあったスナック菓子をひったくり、ベッドに転がってテレビを付ける音葉。

「ああ、もうドラマ始まっちゃってるよお」

「おまえ、ベッドに食いカスこぼすなよな」

「だいじょうぶだよ。気をつけて食べるから」

 こっちには目をくれずに、音葉がテレビを見ながら菓子をむさぼり始める。

 まったく音葉のやつ、最近どんどんだらしなくなって──

「っておまえ! なんでふつうにくつろいでんだこの野郎!!」

「え、なにが?」

 叫ぶ俺に、きょとんとした表情を向ける音葉。

「なにが? じゃねえ! さっきあれだけ感動の、涙の別れをしたばっかじゃねーか!! それがなんでもう普通に、さも当然のように菓子食ってんだよ!!」

「いやー、さっきは私も悠太もボロボロ泣いちゃって、今思うとホント恥ずかしいよね、てへっ!」

 音葉が恥ずかしさをごまかすように笑う。

「てへっ! じゃねえ! なんでここにいるんだって聞いてんだよ!!」

 もう、そんなに怒鳴らないでよと、音葉が耳を塞ぎながら、不満げに口をとがらす。

「あのとき最後の別れを言って、宙に昇ってったじゃない? 私もさあ、あのときはこのまま成仏なのかなーとか思ったわけよ。なんか、身体もいい感じに光って、雰囲気的にそんな感じだったじゃない?」

 音葉は緊張感のかけらもなく、ベッドにあぐらをかいて、スナック菓子をサクサクしながら仕方なしに説明を始める。

「それがさあ、そのまま昇ってみたはいいものの、二階に昇ったあたりで止まっちゃったのよ。あの場の雰囲気で、やっぱ成仏出来ませんでしたって言って、出ていくのも空気読めないみたいで嫌だし、でも、かといってやっぱり悠太から離れられないみたいで……なにげなーく、さも当たり前のように、会話に溶け込むことを意識したんだけど、やっぱり無理だったかな?」

「無理にきまってんだろうがあああ!!」

 そんなアバウトなことが通用するか!

「だって、入るに入れない雰囲気だったんだもん! みんな悲しみに浸ってるし、悠太も完全に私がいなくなったふうに泣いて、ここのはも俺が育てるからな的なこと言ってたし」

「その空気を作ったのは紛れもなくおまえだあああ!!」

 なにを俺が悪いみたいに言ってんだ。そして恥ずかしいセリフをひっくり返すんじゃない! まったく、俺の涙を返せこの野郎!

 ……でも、良かった。

 音葉はまだここにいてくれる。

 まだ、俺は音葉と一緒にいられる。

 もう幽霊だろうと、背後霊だろうとなんだっていい。

 音葉がいてくれるなら……

 ここのはが『みぃ』とうれしげに鳴いた。

 音葉がベッドに寝転がって、スナック菓子をかじる。

 本当に不思議な関係だと思う。

 俺と音葉がいて。死んだ音葉が今でもいてくれて。でも、これが当たり前の俺の生活。幼馴染みの音葉が、当たり前のように俺のそばにいる生活。ずっと、変わらない生活。

 俺の視線に気づいた音葉が、一瞬恥ずかしそうに頬を赤らめ、ベーっと舌を出した。


 如月音葉は俺、宮本悠太の幼馴染みである。そして彼女のような存在であり、俺の背後霊である。


<結>

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うしろの音葉さん 四条建る @takeru-shijo

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