第35話 重力から解き放たれて

 劇場を飛び出した。階段を下りようとすると、途中で鎖島さんに出会った。爆発すると伝え、肩を貸して一緒に逃げた。

 まだ残っていた裸の男女達もいたが、もう襲ってはこなかった。何かが切れたような顔をしていた。

 屋敷から出た途端、本当に屋敷は爆発炎上した。大轟音が響き渡り、僕達四人は爆風で吹き飛ばされた。

 起き上がってみると、レリと鎖島さんが倒れていた。あわてて駆け寄った。

「大丈夫だ。気を失っているだけだ」

 ルフォンさんが燃え盛る屋敷を眺めながら立っていた。空にはまだオーロラが輝いている。現実感がまるでない光景だった。

「長かった歌もこれで終わりだ」

 ルフォンさんは宇宙人スーツを脱いだ。細く引き締まった、美しい肉体が現れた。

「圭介。時間や空間にとらわれ過ぎるな。もっと歌って踊れ。今度こそお別れだが、やはり別れの言葉は言いたくない。ありがとう」

 炎とオーロラに照らされて微笑むルフォンさんの笑顔は神々しかった。微笑みながら空を見上げ、ルフォンさんはもう一枚脱いだ。

 もう一枚?

 僕の記憶はそこで途切れている。

 気付いてみたら病院だった。

 レリも鎖島さんもルフォンさんも一緒の病院に運ばれた。

 頭がくらくらして、立ち上がると吐き気がした。内臓の調子もおかしく、食欲が無かった。

 レリの状態はさらに悪かったが、命に別状は無いそうだ。

 鎖島さんは骨折、捻挫、打身、靭帯も損傷していたようだが、いたって元気そうだった。

 ルフォンさんは死んでいた。病院に運ばれた時点で生命活動は終わっていたそうだ。

 悪魔教団教祖の家の焼け跡から見つかった、無数の手足を切り取られた遺体。大物アニメ映画監督宅の地下から見つかった、少年達の遺体。麻薬や儀式。悪魔教団「堕ちてきた者達」の実態が暴かれ、テレビは連日てんやわんやだった。オーロラは日本だけでなく世界各地で観測されたが、大停電をもたらしたオーロラさえ、悪魔教団のせいにされていた。

 鎖島さんに病院の屋上に呼び出された。

 向かってみると、松葉杖をついた鎖島さんが屋上で待っていた。

「これで悪魔教団の事件も一段落だ。お疲れさん。借金も入院費も払わなくて良いことにしておいた。銃撃ったことも大丈夫だ。安心して人生の第二章を始めろ」

「鎖島さん。大物なんですね」

「俺じゃねえよ。俺の後ろにいる人達だ」

 松崎亨士郎との最後の戦いのことは、鎖島さんにも話してあった。そのことについて、質問してみた。

「松崎亨士郎は、悪魔か宇宙人かどっちかはわからないですけど、あいつは人間ではなかったのでしょうか」

「馬鹿野郎。人間だよ。音波兵器なんて昔から研究されているし、とっくに実用されている。音波兵器を使って客船が海賊を追い払ったニュースはテレビでもやっていたぞ」

「しかし、松崎には銃の弾も当たりませんでした。空間を歪める装置を使っているとルフォンさんが言っていました」

「空間を歪める装置。ワープとかの話みたいだな。それはまだ理論の段階で、実用はされていない。強力な磁場を作り出して弾丸を曲げるってのもあるが、それも理論の段階だ。ともかく拳銃は素人が撃ったのでは中々当たらない。特に動いている標的、反撃してくる標的にはそうそう当たるものではない。松崎は、悪魔でも宇宙人でもない。人間だ」

「人間が、あんなことするのですか」

「そうだ。全部人間の仕業だ」

 鎖島さんの話は、全て後付けの説明のような感じはした。しかし、反論できる根拠は何もなかった。

「ルフォンさんの友達はどうだったのでしょう。武器の隠し場所を示した歌は、オーロラを予言していました。地球の人でオーロラの出現を予想していた人なんていませんでしたよ」

「そいつは多分捜査員だろう。俺とは別ルートで悪魔教団を調査していて、消されてしまったのだろう。エジプトで雪が降ったら大ニュースだが、日本じゃ珍しくない。日本でオーロラが出たら大ニュースだが、北欧の人ならいつもの光景だ。過去には日本でもオーロラの出現は報告されている。そいつは天文の情報をたくさんつかんでいたのだろう。それに剣と鏡が実際役に立ったのかも良くわからないだろ。鏡はともかく、剣で刺されれば人は死ぬ」

 ルフォンさんも、ルフォンさんの友達も、松崎もただの人間だったのだろうか。何か釈然としない。

「圭介。変なことを考えすぎるな。お前が昔隣人を射殺したってことも何の証拠も無いのだろう。お前が父親を美化したいだけの可能性もあるぞ。此原は可愛そうだったが、お前のせいではない。一九九九年の富士山麓飛行機墜落事故の墜落原因も、整備不良ということで一応の決着はついている。宇宙船と衝突したのではない。もう全て終わった。次へ進め」

 確かに鎖島さんの言うとおりだ。こだわっていても仕方がない。だが、僕の中では、僕が隣人を殺したということは変わらないだろう。此原を救えなかった後悔は変わらないだろう。

「鎖島さんはどうするのですか」

「鎖島ってのも本名ではないけどな。これから少し休んで、もう一度鍛えなおして、名前も顔も声も変えて、別の仕事だ」

「もう会うことはないのですか」

「次会っても、お前はわからなくなっている」

「そうですか。お世話になりました。また助けてください」

 鎖島さんはにやりと笑った。それ以降、鎖島さんは本当に消えた。病院から治療費、入院費は請求されなかった。

 僕の昔住んでいたボロアパートは勝手に解約され、荷物も全部処分されていたので、一緒に退院したレリの家に一緒に住まわせてもらうことにした。精神的にも傷を負ってしまったレリをサポートする意味合いもあった。

 よく笑う陽気なレリはすぐに戻ってきたのだが、何かのきっかけで事件のことを思い出し、何日も家から出られないときもあった。四肢を切断され、松崎亨士郎の為に歌わされる夢を見て、叫びながら飛び起きることもあった。

 僕は僕で隣人を誤って殺してしまい家族を崩壊させてしまったこと、親友の此原を救えなかったことを悔やみ、苦しい日々が続いた。

 僕らはお互いを助け、お互い助けられた。次第に強い絆が芽生えていった。

 少し落ち着いてから父母の墓参りをした。墓石は何も語らなあかったが、僕はずっと墓石の前にいた。涙を流したり、墓石を殴ろうとして思いとどまったりしながら、僕はずっと墓石の前にいた。父さん母さん、大した人生を送ることは出来ないだろうけど、とにかく生き続けるよ。そう言って、墓石に背を向けた。

 木村瞳さんの旦那さんが、息子の命の恩人ということで、僕に仕事を斡旋してくれた。音楽大学の事務職員だ。猛さんと瞳さんが通った学校だった。正直言ってあまり職場に馴染めなかったが、生きる為に頑張って働き、頑張って作り笑顔を作った。どうにか仕事は続いていった。

 これまた木村瞳さんの旦那さんが、レリに歌うチャンスを与えてくれた。歌の実力はそれなりに認められ、歌手デビューすることになった。色々と欠けた部分も多い人だ。僕が支えていこう。

 蔵守組は解散して、屋敷も取り壊されることになった。ルフォンさんと暮らした基地に潜入してみた。ルフォンさんが宇宙歩行靴と呼んでいた汚れた銀色のスニーカーは無くなっていた。ルフォンさんは歩いて帰っていったのだろうか。

 後から知ったことだが、サンダルフォンは天使の名前で、アムドゥスキアスは悪魔の名前らしい。

天使なのか、悪魔なのか、宇宙人なのか、人間の妄想なのか。もう確かめる術はない。

 よく晴れた休日。二人で公園を散歩していた。レリが歌い始めた。僕も一緒に歌ってみた。

 

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堕ちてきた者達 裳下徹和 @neritetsu

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