『宵待ち姫』後編 (参)

「わたしは鬼だ。鬼だったんだ。この力で、村のみんなにおびをしよう!」


 よいち姫は、生まれた村へ大急ぎで駆けもどりました。

 なにしろ鬼なので、一番早い馬よりも速く走れるのです。


 おそろしい鬼が疾風はやてのような勢いで走ってきたのを見て、村のみんなは腰を抜かしました。その鬼が、こわれた田んぼのあぜを直したり、家を建て直す材木を運んでくれたりしはじめたので、なおのこと驚きました。


 鬼は小さいけれど、ものすごく力もちでした。

 小さい鬼のおかげで、見る間に仕事がはかどりました。


「小さい鬼さん。ありがとう。どうしてそんなに親切にしてくれるんだい」


 おっかなびっくり村の若者が訊きにゆきました。

 でも小さい鬼は何も言わずに、目からポロポロ涙を流して働きつづけました。


「小さい鬼さん。ありがとう。どうぞ休んで御飯を食べてください」


 おっかなびっくり村の娘が御飯をすすめました。

 でも小さい鬼は何も食べずに、目からポロポロ涙を流して働きつづけました。


 あっという間に村は元通りになりました。

 みんなが小さな鬼に御礼を言おうと集まると、鬼がつのの生えた頭を下げました。


「みなさん、ごめんなさい。この村を荒らしたのは、わたしです」


 その声を聞いたとたん、頑固がんこ長者とおよめさまが、鬼に駆けよりました。


「この子は、やっぱり宵待ち姫だ!」


「この子は、うちの宵待ち姫よ!」


 二人は、はじめからその鬼が、娘の宵待ち姫だと気がついていたのです。

 頑固長者とおよめさまは、小さな鬼を抱きしめて泣きました。


「よかった。よかった。うちの宵待ち姫が帰ってきた!」


「お父さん。お母さん。ごめんなさい」


 小さな鬼も泣きました。


 村のみんなも泣きました。


「もういいよ。宵待ち姫。なにもかも元通りに直ったんだから」


「宵待ち姫のおかげで、前よりきれいになったよ」


 村人は、こころよく宵待ち姫をゆるしました。

 みんな、宵待ち姫が大好きだったのです。



 すると、そこに五色ごしきの雲に乗った観音様が現れました。


「宵待ち姫。鬼退治のご褒美ほうびをあげましょう」


 観音様は、のっている雲から五色にかがやく雨を降らせました。


 その雨粒にふれると、宵待ち姫のつのがぽろりと取れました。

 きばがからんと落ちました。つめがころりとがれました。

 汚れきった着物も、洗い立てのようにさっぱりしました。


 もとの女の子にもどった宵待ち姫を見て、みんなが、ほうとため息をつきました。

 見目形みめかたちは変わりませんが、そのまなざしが朝露のように清らかだったのです。


 宵待ち姫は、二度と鬼になる夢は見ませんでした。

 そして、かけっことお相撲が、村で一番強くなりました。


 そののち頑固長者の家も、その村も、長く栄えたということです。


 めでたしめでたし。



                        <宵待ち姫・おわり>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宵待ち姫 来冬 邦子 @pippiteepa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ