『宵待ち姫』後編 (弐)

 よいち姫の顔をした鬼は、足をおおきく踏ん張って、四股しこを踏みました。


 よいしょのどっすんこ。


 よいしょのどっすんこ。


 足を踏みおろすたびに、ぐらぐらと地面が揺れて、鬼の体が大きくなりました。

 何度も四股を踏むうちに、鬼は山より大きくなりました。

 仲間になると言わなければ、宵待ち姫を踏みつぶすつもりです。

 地面が波のように揺れて、宵待ち姫は立っていられなくなりました。


「なあ かあ まあ にい なあ れええ」


 鬼の恐ろしい声が、山々にこだましました。


 でも、木樵きこりの話が忘れられない宵待ち姫は、鬼に負けずに叫びました。


「お父さんもお母さんも、あの声は、宵待ち姫だと分かってくれたのよ!」


 鬼ががっかりすると、ぴたりと地震がしずまりました。

 でも鬼は大きな体のまま、宵待ち姫を見おろして言いました。


「鬼になれ。宵待ち姫。おまえを信じる奴なんか、村に一人もいないだろう」


 鬼の頭の上には黒い雲が湧きおこり、ぴかぴかと稲妻が走りました。

 宵待ち姫は、これでかみなりに打たれて死んでしまうのだと思いました。

 でも、宵待ち姫は、言い返さずにはいられませんでした。


「それでも、みんなは、わたしを探してくれたのよ!」


 がらがらどどん! と雷が、鬼の頭に落ちました。


「ぎゃああ!」


 山のようだった鬼は、ばったり倒れると、しゅるしゅると小さくちぢみました。


「よくもやったな!」


 もとの大きさにもどった鬼は、立ち上がって、つかみかかって来ました。


「やめて!」


 宵待ち姫は、泣きながら、鬼の腕を振り払いました。

 すると、鬼は岩屋の壁に、どかんと叩きつけられてしまいました。


「あれ?」


 宵待ち姫はびっくりしました。

 相手は鬼なのに、どうしてこんなことができるのでしょう。


「こいつめ、ゆるさん!」


 また鬼がかかってきました。


 宵待ち姫が「えい!」とこぶしを突きだすと、見事に鬼のあごに決まりました。

 鬼は「ぐふう!」と言って、あおけにぶっ倒れました。



 鬼と顔を取り替えた宵待ち姫は、ものすごく強くなっていたのです。



「おかしいな。そんなはずはないんだけどな」


 足元をふらつかせながら、鬼はもう一度かかってきました。

 宵待ち姫は、体を低く沈めて鬼のこぶしをかわします。

 そして足を上げて「たあ!」と鬼の腰をけりました。


 鬼は「うひゃあ」と叫んで、地べたに這いつくばりました。


 宵待ち姫は、鬼の体を抱えると、頭のうえに持ちあげました。

 そして「とりゃあ!」と空高く投げ飛ばしました。


 鬼は「たすけてえ」と叫びながら、山の彼方へ飛んでゆきました。


 それきり鬼の姿をみた者はありませんでした。

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