『宵待ち姫』後編 (壱)

 よいち姫は七日なのか七夜ななよ、ねむらずに歩きました。

 すると深い山の奧の奧に、大きな岩屋を見つけました。

 岩屋の前には、宵待ち姫の顔をした鬼がいました。


「待っていたぞ。宵待ち姫」


 宵待ち姫の顔で、鬼が笑いました。



「鬼なんか、だいきらい!」


 鬼の顔で、宵待ち姫が怒りました。


「おまえだって鬼じゃないか」


 鬼が宵待ち姫のつのを指さしました。


「ちがう! わたしは宵待ち姫よ。鬼じゃないわ」


 宵待ち姫はそう答えましたが、なんだか自信がありませんでした。


「仲間になろう。宵待ち姫」


 鬼がやさしい声でさそいました。

 一人ぼっちで寂しかった宵待ち姫は、すこしだけ迷いました。

 すると、その顔を見て鬼がいいました。


「鬼になって、人間どもの宝を横取りしてやろう。そして一緒に遊んで暮らそう」


「なんですって。横取りなんて、絶対イヤよ!」


 あの日、宵待ち姫は、鬼になって村を荒らしたのに、村のみんなは、宵待ち姫を山の中まで探してくれたのです。二度と泣かすようなことはできません。


「鬼になれ。宵待ち姫。鬼になれば、美味しいものを一人占めで食べられるぞ」


 そう言いながら、鬼は口から、ぼうぼうと火をきました。

 仲間になると言わなければ、その火で宵待ち姫を焼くつもりです。


 でも、七日七夜も何も食べずにさまよっていた宵待ち姫は言いました。


「この世で一番美味しいものは、おうちでみんなと食べる晩御飯よ!」


 鬼ががっかりすると、しゅうと火が消えました。

 でもまた鬼がさそいました。


「鬼になれ。宵待ち姫。鬼になれば、きれいな着物がいくらでも着られるぞ」


 そう言いながら、鬼は鼻から、どうどうと大水を吐きだしました。

 仲間になると言わなければ、その水で宵待ち姫を溺れさせるつもりです。


 でも、泥と汗で汚れきっていた宵待ち姫は言いました。


「さっぱり洗ってあるものを、きれいというのよ!」


 鬼ががっかりすると、さらりと水が引きました。

 でもまた鬼がさそいました。


「鬼になれ。宵待ち姫。りっぱな御殿に住みたいだろう」


 鬼のおへそから、びゅうびゅうとつむじ風が吹きだしました。

 仲間になると言わなければ、宵待ち姫を吹き飛ばすつもりです。


 でも、今日で八日も家に戻れない宵待ち姫は言いました。


「わたしは、生まれ育ったおうちが一番いい!」


 鬼ががっかりすると、ぱたりと嵐がやみました。

 でもまた鬼がさそいました。


「鬼になれ。宵待ち姫。おまえの父親も母親も、おまえを見て逃げたじゃないか」

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