第32話 遺跡探索・後編(執筆者:紙本臨夢)
吹き飛ばされたノアは上空で態勢を立て直して、地面に着地する。着地した場所は、やはり石像があるところ。石像があった場所はまるで闘技場のような場所。
「なるほどな。ここから逃がすつもりはないのか」
相手の速度は尋常なく早い。このままでは痛めつけられるだけになる。
『
彼の体が青白い光に包まれる。移動速度が格段に上がる。それでも、相手は追いついてくる。
今の二人の速度は互角。相手は侵入者であるノアの体を噛み潰そうとしている。それを避ける。
何度か同じことを繰り返して、このままではダメだと相手は察したのか、歯だけではなく、体全身のいたるところを使い、攻撃を繰り出してくる。
先ほどまでは単調な攻撃を避けるだっただけなので、さほど難しくなかった。しかし、突然あらゆるところを使い始めたので攻撃は複雑になり、避けるのすら難しくなる。全身を硬化して、何とか攻撃を防げてはいるが攻撃には転じられない。
必死に考える。攻撃をできる隙があるはずだ。
一瞬でも、その隙さえわかれば攻撃は仕掛けられる。
『
どういうわけか相手が大きく後退したので、その間に武器を生成する。生み出したナイフは彼の手にはない。彼を囲むようにして浮いている。指示さえあればすぐに飛ばせる。
それよりも彼は相手が大きく後退したことに違和感を覚える。特にこちらは攻撃をしていない。だというのに相手は突然、大きく後退したのだ。まるで何かに驚いたかのように。
あと少しで答えは出そうだ。しかし、相手が待ってくれるはずもない。相手は犬のようは手を叩きつけてきたのだ。それを食らえば、いくら硬化しているノアとはいえ無傷では済まない。
相手の尻尾がウナギのように粘液を垂らしながらも、襲ってきた。驚くべきことに尻尾であるウナギが伸びたのだ。その間も相手は様々な体の部位を使い攻撃をしてくる。尻尾も警戒しないといけないが、注意を全方位に向けるしか、尻尾の対処法はない。しかし、注意していてもできた隙をついて、尻尾が食らいついてくる。それ避けるために下がる。
相手に近づけたかと思ったが、またすぐに離される。
ずっとそれを繰り返す。
それが十分近く続いた。
ずっと神経を研ぎ澄ませているため、体力の消耗が激しい。
一瞬だけ集中力が切れた。その一瞬を突かれて、彼は相手の手によって吹き飛ばされ、壁に埋まった。
「ガハッ!」
口から空気とともに血も吐き出された。追撃が来ると感じた彼は無理矢理抜け出した。そのまま地面に落ちた。落ちた場所はライトが置かれていた場所だ。
ライトの灯りによって、ノアの目にも血が映る。
起き上がろうとしたが、上手いこと力が入らなくて無理だった。
本格的にマズイと思い始めた。回復さえすれば何とかなるが、回復する前に襲ってきているウナギに心臓を貫かれる姿が目に浮かぶ。それに彼は突然の光で気分が悪くなる。
ただ、呆然と迫ってきているウナギを見ておくしかない。自分が死ぬ瞬間くらいは見ておきたいと思った彼はウナギを見つめる。
しかし、ウナギは彼の体を貫く前になぜか逃げて行く。
不思議に思ったが、答えはすぐに出た。
この灯りのせいだと。
「勝った……」
勝ちを確信して思わず口に出してしまう。
『
呪文を唱えると彼の体が淡い緑色の光に包まれる。次の瞬間には完全に傷はなくなっていた。
『
彼の周りに浮いていたナイフが真っ白な光に包まれる。
起き上がり、灯りを掴む。そして、相手の目に向けた。
『グオオオガアアアエエエッ!!』
相手が目を抑えながら叫ぶ。
大きすぎる隙にノアは光をまとったナイフを飛ばした。
耳、口、鼻、肛門。
それらの内部に入るところにナイフは飛んでいった。相手は白目を剥き出しながら倒れた。
次の瞬間にとてつもない揺れが襲う。
「っ!? このままだとマズイ!」
ノアは慌てて来た道を戻って行く。もちろん、ライトを持ちながら走っている。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
時間は少し遡る。
トウラは壁に埋まっている。当たり前だが、血が凄まじい。ぱっと見は生きているか怪しい。でも、そこはドラゴンの魔素を一度は取り込んだトウラ。ダテではない。
「たくっ! このネコ、凄まじい力だな。よっと」
血が出ている割には大したことがなさそうだ。
巨大なネコも本能に従っているだけなのか、ジッとしていたら何もしてこない。
「それにしてもコイツは見れば見るほどそっくりだな」
トウラは元の世界で飼っていたネコを思い出す。
「元気にしてるかなぁ。アイツは。まぁ、俺がいなくてもお袋がちゃんとしてくれているか」
ネコは彼を見ると首を傾げながらも、近づいてくる。移動する時は背中にある羽根を使っているので、風が凄まじいだけ。そのネコはトウラの前に降り立つと、興味深げに匂いを嗅いでくる。すると、気に入ったのか頬を舌なめずりする。
「痛い! 痛い!」
相手は大きすぎる。ネコの舌に付いているザラザラがゴツゴツになってしまう。
「お前さん。小さくなることできねぇの?」
『ニャア?』
「フッ。やっぱり何言っているかわからないか」
機嫌がいいのかのどを鳴らしている。しかし、大きすぎる。まるで雷のようだ。
突然、物音が横から聞こえる。驚いたネコはトウラを引っ掻いてきた。彼は慌ててメリケンサックで受け止める。それだけなのに火花が散る。
『ゥゥゥゥゥ』
防がれたせいか唸っている。なんとなくマズイと感じた彼は近づく。突然、動き出した物音を立てる存在。ネコにすれば獲物でしかない。
だから、ネコパンチを繰り出してくる。彼はそれを紙一重のところで避ける。しかし、追い打ちがくる。飼っていた彼はそのことも知っていたので避ける。
何度か繰り返すとネコに触れられる距離になる。もちろん、逃げようとするが、逃がさない。慌てて飛び乗る。ネコにすれば獲物が自分の体の上に乗ったのと同じだ。当たり前だが、暴れ出す。彼は振り落とされないように掴まる。巨大なネコの毛はホントのネコと変わらないほどだ。一応は掴もうと思えば掴まれる。
彼は一点には留まらない。ゆっくりゆっくりとだが、頭に近づいて行く。頭に乗る前で止まり、人間でいううなじの部分を思いっきり、引っ張る。
「とま……れぇぇぇぇぇ!!」
普通のネコならばそこを掴むと無抵抗になる。だからこそ、彼は思いっきり引っ張っているのだ。
すると、ネコの動きが止まった。通用しないかもしれないと少しだけ思っていたから、ホッと胸を撫で下ろした。
次の瞬間にバフンという音が聞こえたかと思うと、トウラは地面に尻餅ついた。
「イテッ!」
お尻をさすりながらも立ち上がる。煙に包まれているからよくわからない。
少しすると煙が消えた。
「にゃ〜」
ホントのネコの声が聞こえてきた。慌ててそちらを見ると先ほどの巨大なネコが普通のネコのサイズになっていた。しかし、羽根は生えたままだ。もちろん、先ほどと同じでサイズも小さくなっている。
ネコは突然、トウラの肩の上に乗る。
次の瞬間、グラグラと地面が揺れ始める。
「なんかワカンねぇけど、逃げるしかねぇ!」
彼は肩に羽つきのネコを乗っけながら、元来た道を走って戻る。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「君は誰? 何をしているの?」
シオンが話しかける。何かの表情は変わらない。変わりようがない。きっと変わっても彼は気づけない。
「この人を見ているんだよ。ボクが誰かはボク自身もわからない」
「記憶喪失……なのかな?」
「違うと思う。喪失する記憶がボクにはないのだと思う」
「そう……なんだ。なら、その人は誰? 大切な人?」
「わからない。昨晩、光と共に突然現れたんだ。目を覚ましたことがないから、誰かもわからない」
「うーん。なら、君にはどうして心臓と眼球がないの?」
「必要ないから?」
「どうして疑問形なのさ。そんなの僕にはわからないよ。それに心臓はないと生きていけないし、眼球はないと不便だよ」
「それは実際に心臓を生きているものから心臓を取り出していないからじゃない。それに眼球はあったから不便に感じるだけかもしれないよ。最初からなければどうも思わないはずだよ」
「心臓の件は医学的にも証明されているんだよ」
「なら、ボクは生きていないと言うのかな? 今もこうして、話して、動いているのに」
「そ、それは…………」
無茶苦茶だとわかっているが、目の前にいる存在は生きているとわかる。なら、どうして心臓がないのかという話になる。何か別のところで代用している可能性もあるけど、血が黒いという時点でシオンたちとは根本的に何かが違う気がする。
「ねぇ。一つ頼みごといいかな?」
「いいよ。なんでも言って」
「このお姉さんは連れて行ってあげて。お兄さんは外から来た人間なんだよね。だから、お願い。ボクだけじゃ何もできないから」
「君は来ないの?」
「こんなわけの分からない存在がいたら、みんな驚くでしょ?」
「そうかなぁ。少なくとも僕は驚かなかったけどね」
「お兄さんは特別なんだよ。恐らく何かが欠けている。それが何かまではわからないけど……」
「なら、君が手伝ってよ。その欠けているもの探しに」
シオンは目の前の幼い子供に手を差し伸べる。
「いやだと言ったらどうするの?」
「無理強いはできないよ。ただ、手を取ってくれるまで待つだけ」
「それって無理強いって言わないの?」
「違うよ。これは強制と言うんだよ」
「大まかな意味は変わらないよ」
「そうだけどね。でも、君は無理強いだとは思ってないよね? だって、君は嬉しそうだもん」
シオンが言った通り、幼子は嬉しそうだ。表情はわからないが、雰囲気でわかる。
「分かったよ。お兄さんの欠けた何かを探すのを手伝うよ。もちろん、それ以外のこともね」
幼子はシオンの手を取る。それだけのことなのに彼は妙に嬉しそうだ。
「僕はシオンこれからよろしくね」
「うん! よろしくね」
「…………」
「…………」
「…………」
「ど、どうしたのかな?」
「よく考えれば君の名前を知らないなと思って」
「お兄さんがつけてよ」
「えっ? どうして?」
「つけてもらいたいからだよ」
「うーん。そうだなぁ……」
シオンは考える。
「アザミなんてどうかな?」
「どうしてアザミなの?」
「うーん。なんとなく?」
「なんとなくで人の名前をつけないでよ。まぁ、いいけど。確かアザミって花言葉で権威だっけ」
「スゴいね。パッと花言葉が出てくるなんて」
「アザミって確か夏頃に咲く花だよね。確か赤紫で……あっ、もしかして、髪色で決めた?」
「テヘペロ」
「はぁぁ。まあいいよ。恐らくシオンさんが最初に目に入ったのが、髪なんだろうね。赤紫色のもので名前っぽいのを探したら、アザミが出てきたのかな」
「そこまで見事に当てられると逆に怖いな」
「それにアザミという名前だったら、性別がわからないボクが女の子でも通用するもんね。逆に男の子でもそうだし」
「そ、そそそそその通りだよ! うん! さすがだね!」
「バレバレの嘘はやめてよ」
「ごめんなさい」
「まぁ、いいけどね。それじゃあ外に行くんだよね。ちょっと待って」
「うん」
シオンは素直にコクリと頷く。その間に地面で眠っている少女を背負う。
「軽々しく人一人持ち上げるなんて、スゴいね」
「慣れているだけだよ」
「なら、ボクもスゴいところを見せるね」
そう言ったかと思うと彼の全身に魔法陣が現れる。魔法陣は青白い光を放っている。一つ一つが小さいので、目をつぶらなくていいほどの眩しさで済む。
次の瞬間にどこもおかしくない人になっていた。赤紫色の髪はショートボブになる。しかも、男性でも女性でもあり得る絶妙な長さだ。瞳は金色でクリクリとしているので、中にメダルがあるようだ。心臓の部分もキチンと隠されて、股間の部分は傷はなくなった。肌も生きている人間でもあり得るほどの白さになる。
「これで外も出られるね」
「出られません」
彼はそう言い、すぐにアザミに自分が着ていた服の上着を羽織らせる。
「さぁ、行こうか」
「う、うん。そうだね」
「どうしたの? やはり驚いた?」
「うん。スゴくね」
「呪文を唱えていなかったからでしょ?」
「うん。まさしくその通りだよ」
「仕組みは教えないよ。秘密だよ」
「うん。わかったよ」
「妙に物分かりがいいね」
「うん。教えてもらっても、マネできる気がしないしね」
「違いないね」
シオンとアザミ。そして、シオンの背中の少女はシオンが来た道を戻っていった。
ファンタジック・アイロニー シオンside なぎコミュ! @nagicommunity37
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