第31話 その後の可能性

 次の日、ロクリアちゃんと、リディアさんは二人そろってやってきた。

「はかせーー!」

 一番先にとびこんできたのはロクリアちゃんだ。

「昨日お姉ちゃんとお出かけしたんでしょ?私も行きたかったなあ」

 ロクリアちゃんは拗ねた振りをするが、なんだかうれしそうだ。

「お邪魔します。グッドさん」

「皆さんやってきましたね。今日ちょっと棚を見ていたらこんなものがありましたよ」

 私は机の上に置いてあった瓶を持ってくる。

「タイトルは、逆転した天地です。大木の根っこが地上に出て、幹が地面の中に埋まっている模型です。おかしいでしょう」

「根っこってこんな風になってるんだね!」

「フラクタルですね」

「そう、フラクタルです。フラクタルは自然界の多くの場所にでてきます。なぜフラクタルなんでしょう?」

「フラクタルってなーに?」

「フラクタルっていうのはね、一部分を見ると、全体と同じような形をしているもののことだよ。ブロッコリーみたいなものを想像するとわかりやすいと思うし、例えば、

 1, 0.5, 0.25, 0.125, ...

 と半分ずつに減っていく数列も、4倍すれば、

 4, 2, 1, 0.5, 0.25, ...

 となって 3項めから始めればもともとの数列と一致する。おおざっぱに言うとこういう数列のことだよ」

「ふーん」

「それで、なんで自然界にフラクタルがたくさん現れるんだろう?それは、簡単のあ規則からものすごい複雑な図形を作ることができるからだ!簡単な規則から複雑な図形を作ると何が良いことがあるかというと、例えば、少ない情報の遺伝子で、表面積が大きい肺を作ったり、全身に血液が回るような複雑な血管網を作ったりできる。巨大数も同じことなんだ。いかに少ない情報量で、複雑に行き届くような定義を作ることができるか?ということだ。たとえばね、

 f(x)

 っていう関数があったとしよう。これを入れ子にすると、

 f(f(x))という関数ができあがる。他に、足すと

 f(x)+f(x)

 という関数ができるし、掛ければ

 f(x)×f(x)

 という関数ができるし、乗じれば

 f(x)^f(x)

 という関数ができるし、合成回数にいれてしまって

 f^f(x)(x)

 というのもできる」

「テトレーションも関数テトレーションもできるよ!」

「うん、演算の種類を増やせばいくらでもいろんな形を作れるね。じゃあ、これらを組み合わせるとおもしろいかな。たとえばf^f(x)(x)とf(x)×f(x)を合成しよう。つまり、f^f(x)(x)のxをf(x)^f(x)に書き換えるという意味だ。すると、

 f^f(f(x)^f(x))(f(x)^f(x))

 となる。xの数が四つに増えたね。さて、この4つのxにf(x)×f(x)を代入しみようか。

 f^f(f(f(x)×f(x))^f(f(x)×f(x)))(f(f(x)×f(x))^f(f(x)×f(x)))

 そして、xにさらにf(x)+f(x)を代入すると・・・

 f^f(f(f(f(x)+f(x))×f(f(x)+f(x)))^f(f(f(x)+f(x))×f(f(x)+f(x))))(f(f(f(x)+f(x))×f(f(x)+f(x)))^f(f(f(x)+f(x))×f(f(x)+f(x))))

 という式ができあがるよ」

「うわー・・・複雑」

「でも、関数の合成、べき乗、積、和の4つの演算しか使っていないし、ルールは至って簡単だ。それでね、面白いのは、もし、この4つの演算を許したグッドスタイン数列を作れたとしたら、この式自体もどこかで見ることができるはずなんだ」

「なんだか、関数が図形で、それを組み合わせて遊んでるみたい・・・」

「そうなんだよ!今までいろいろ見てきたグッドスタイン数列って、第一世代の関数に対応する順序数よりも小さい順序数にしていく、という過程でいずれ0になる、という理屈だった。もちろん、何かしら対応する順序数を小さくしていかなければ計算が終了しないけど、たとえば今までの考えの中では

 f(x)+f(x)

 は

 f^f(f(f(f(x)+f(x))×f(f(x)+f(x)))^f(f(f(x)+f(x))×f(f(x)+f(x))))(f(f(f(x)+f(x))×f(f(x)+f(x)))^f(f(f(x)+f(x))×f(f(x)+f(x))))

 よりは小さかったけれども、もし、フラクタルうまく使えれば、同じ複雑性、と言えるかもしれない。今まででも似たようなことはしていて、

 f(f(x))

 よりも

 f(x+x+x)+f(x+x)+f(x)+x

 という一見複雑な式のほうが対応する順序数が小さかったわけだ。これは

 f(f(x))

 のなかに

 f(x+x+x)+f(x+x)+f(x)+x

 という情報を内包している、ということになるね。遺伝的記法は順序数をダイレクトに自然数の世界に持ってくることに成功していて、そういう点では急増加関数とよく似ている。もし、さらに発展をするなら、おそらくこういう方向があるんじゃないかな、と思ったんだよ」

「へー、それでうまくいくの?」

「うまくいくかな」

 そばで微笑んでいたリディアさんが言った。

「いろいろなアイディアがあって、試しに作って計算して修正して、それを繰り返し、そのなかに一つでもうまくいったアイディアがあれば、これ以上の幸せはありませんね」


 その通りだ。そして、私たちはまた巨大数という果てのない世界を闇雲に走り回り続けるのだ。


 現実離れした圧倒的な快感を求めて。


 完

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たくさん進んで一歩下がる えのき @enoki_fugue

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