EP.Ⅱ

ここにいると、お粗末な弁当さえ美味しく感じる。前に本で読んだことがある、『人間の本能』とか言うやつなのかもしれない。あくまで予想だが。木のカップに入ってある生ぬるいココアを一気に飲むと、静かにコトっと木カップをおく。

「_____________っ!」

急に嫌な思い出らしきものが脳裏を突っ走る。いや、これは本当に思い出なのだろうか。

「ゼェ…ハァ…」

喉の奥で喘息が鳴る。短期なものだったが、思い出して今の状態になっていることは確かだ。

「だ、大丈夫?どうしたの?」

この人は、桜柳さん…だっけ。来たばかりだからあまり覚えてない。うろ覚えだろうか。

「う、うん。大丈夫だよ」

「そ、そう。あの、具合が悪くなったらいつでも読んでいいからね」

「あぁ」

彼女の薄い桜色の髪がゆらゆらと動いている。やがてには彼女は部屋へ入った。

ロビーにいる人も少なくなって来ている。みんな自室へ戻ったのだろうか。

そういえば、桜柳さんの名前うろ覚えだったし、さっき塩ヶ浦さんも僕の名前うろ覚えだった。酷いことを言ってしまったな…

「あ、エイトさん」

「あっ、まだタメは慣れてないか?なんなら敬語でもOKだぞ? 」

「ちょ、『まだ』ってなんですか来てからたった少しですよ」

二人は顔を見合わせ笑う。

久しぶりに笑う気がする。何日目だろうか。

「それじゃあ、僕、自室に戻りますので」

「わかった」


戸をガタンと開けると、電気をつけた。小さいランプみたいなものだが。

机には栞が挟まっている本がある。

ベッドに腰を下ろして横たわった。

「今日…風呂に入ってないな」

ショウヤは自分の左手を見つめる。

やがてその左手もだらりと下がり、寝息を立てた。


「…ん」

真っ暗な部屋だ。何も見えない。

「ここは消灯機能つきなんだっけ…まあ、自分でつけられるからいいんだけどね」

紐を引くと、眩しくランプの光が舞う。

「風呂行くか…不潔だよな」

現在、時刻は午後10時。月光が窓から漏れている。

戸をガタリと閉める。目の前には静寂に静まり返った廊下に、みんなの自室から時々の声がする。

「電気をつけんのもめんどくさいし、壁を伝うか」

たしか____風呂場は右だっけ。歩くたびに、コツコツと音がする。

「ふう」


風呂場前のランプと風呂場のランプを点けると、ロッカーに服を入れた。

タオルを腰に巻くと、風呂場の中に入る。

檜の香りが鼻腔を突く。

ゆっくりとお湯の中に入る。風呂イスに座ると、目を瞑って、今日の回想をして見た。

まるで、今を生きている実感がしたようだ。なんだか、あの時のようだ。


『ショウヤ、なにか、小さいことでもいいから、いじめられたり、嫌なことをされたら、先生や、お母さんに相談していいんだからね』

『うん…でも、それじゃ、また、いじめられちゃうよ』

『いいのよ、常に、お母さんはショウヤの味方だからね』


これは____この回想は何年前だろう。中学生?いや、もっと昔のはずだ。あれはたしか__。


『やーい!のろまショウヤ!くっさいにおいがするぞ』

『うわ!ショウヤ。お前こんな変な絵描いてんのかよ!』

『ばかったらしー』

『ははははは…』


あれは、小学1年の時だった。給食当番の時、カレーを落としたことが原因。

「そうだ、僕は強くなるために、ここに来たんだ」




「…あがるか」

そういうと、彼の背中からぽたぽたと水滴が垂れる。つらい過去を思い出した彼の背中に、もはや哀愁など語っていなかった。

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シロツメクサ戦争 黒山 @kuro-yama

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