第3話 主人公が過去に戻って自分を殺して現金を強奪する話。

 俺の名は太宰治! この物語の主人公だ!

「幼女博士! 幼女博士!」

 ドンッと勢いよく研究室のドアを開けると、そこには白衣を着た幼女がいた。

 彼女は俺の声を聞くと「きゅるんっ」というかわいらしい擬態語と共にこちらへと振り返った。

「なんだい?」

 まぶしいほどの美少女が返事をした。彼女こそが幼女博士。天才美少女発明家である。

「幼女博士! 金が無い! 金が欲しい! でも働きたくない! 楽して儲かる機械をください!!!!」

 俺は直球ド真ん中、最速のストレートボールを放った。

「はい、ナイフ」

 博士も真っ向勝負。ナイフを差し出した。これで他人から金を脅し取れということなのだろう。

「博士! 他人から金を奪うのは倫理的にダメです! 人様に迷惑をかけてはいけないという最低限守るべき一線が、俺にもあるんです!」

 何が今さら倫理か、という感じはある。

「うーん、むずかしいねー」

 博士は考え込んだ。ポク、ポク、ポク……

「うん、わかった! おっけー! この天才工学系美少女、高村アインシュタインにおまかせあれ!」

 高村アインシュタイン。それが幼女博士の本名である。最近、「高村もアインシュタインも両方苗字じゃね? どういうこと?」と思ったが、口には出してない。

 博士は何か思いついたらしく、早速何かを作り始めた。

 チュイーン! ジジジジジッ! カンッ、カンッ、カンッ、カンッ!

 ドリルで穴を空けたり溶接したりする音が聞こえてくる。

「できた! タイムマシン!」

 パッパラパパパパーン!(発明品ができあがったときのファンファーレ)

「えっ、すげえ」

 素直に感心してしまった。

「このタイムマシンを使って、労働せずに、かつ他人に迷惑をかけずに金を儲ける作戦について説明させてもらうね。まず過去に戻ります。金を持っている自分を見つけて、金を奪います。以上です」

 そうか! 過去の自分から金を奪えば、迷惑がかかるのは自分自身! 他人に迷惑がかかることはない!

 しかし……

「時は不可逆なのでは?」

「そのへんの理(ことわり)をくつがえしてこその天才だよ」

 幼女博士はえっへん、と胸を張った。

「さぁー、では早速過去に旅立とう!」

 俺は自分がいちばん金を持っている時間をタイムマシンに入力した。

「ワープ、開始!」

 博士のかけ声とともに、タイムスリップが行われた。


 俺がいちばん金を持っていた時。それは5年前、ジャパンカップ(競馬の重賞)で三連単を当てた帰り道である。

「いた! おい、俺!」

 ご満悦で歩く俺に声をかけた。

「えっ、俺にそっくりな人!?」

 向こうの俺はかなり驚いていた。

「5年後の俺だ! 金を出せ!」

「えっ、5年後の俺!? か、彼女はできましたか!? 童貞は捨てられてますか!?」

「答えはNOだ! 夢見てんじゃねええええ! 死ねやあああああ!!!!」

「ぐああああああ!!!」

 博士からもらったナイフで俺は俺の心臓をひと突き。勢い余って過去の俺を殺しちまった。

「へへへ、ひー、ふー、みー……こいつぁご機嫌だぜ……!」

 自分の死体の懐から財布を抜き出してお札を数えたら、20万円あった。

「さて、もうここに用はねえ。さっさと元の時代に戻るか」

 あれ? ところで、過去の俺はもう死んでるわけだけど、現在の自分のこの身体が消えたりしないのだろうか? 今のところ特に異常は無いが……

 もしこのまま身体に異常が無いのなら、もういちどこの時代に来て「過去の俺を殺して金を奪った俺」を殺してもういちど金を奪って……と過去の俺殺しを繰り返せば無限に金を増殖できるのでは? そうするとあの場には俺の死体が何体も何体も無限に積み重なっていくことになってかなり不気味だが。あとで博士にタイムマシンをもう一度使わせてくれるように頼んでみよう。

 でも、あれ、ちょっと待ってほしい。そうすると「過去の俺を殺して金を奪った俺」を殺して金を奪った俺を、さらに未来の俺が殺しに来る可能性はないだろうか。この“現在の俺”が殺される側になるのかそれとも殺す側になるのかがわからない。あるいはその両方なのか。わけがわからなくなってきたし、やめておこう……

  俺は再びタイムマシンに乗り、元の時間を入力し、タイムワープを実行した。


 な、なんだこの世界は……

 元の時代に戻ると、荒れ果てた大地が広がっていた。俺が俺を殺したことによって、未来が変わってしまったとしか考えられない。

 ポツン、ポツンと何件か商店や家屋が見えるな。元々の世界よりもだいぶ減ってしまった。

 とりあえず飲みものを買おうと思ってコンビニらしき店(看板からいちおう大手コンビニの店であることが伺える。だいぶボロボロの建物だが……)に入った。

「いらっしゃい」

 不機嫌そうなおばちゃんの店員だ。

「おばちゃん、水を売ってくれ。はい、1000円」

 お金を出すと、おばちゃんの顔は憤怒に染まった。

「ふざけんじゃないよ! 物々交換が基本の世の中で、こんな紙切れで買い物ができると思ってんのかい!? こんな紙切れ、今じゃケツをふく紙にもなりゃしねえってのによぉ!」

 ブチギレたおばちゃんに店を叩き出されてしまった。皮肉なことに、過去の自分をブチ殺して現金を奪ってきたことが原因で、日本銀行券の貨幣としての価値が消失してしまったらしい。しかしいくら貨幣としての価値が消失してしまったとは言え、ケツをふくくらいはできるだろう。俺は心の中でそうツッこんだ。

「幼女博士! 幼女博士!」

 研究所らしき建物(やっぱりちょっとボロくなってた)に駆け込み、博士を呼び出した。

「んー……おにいちゃん、だれ?」

 あっ、この世界では俺が5年前に死んでいるから、博士と俺は知り合っていないのか。

「ええとですね、俺はあなたの元恋人です。かくかくしかじかで、こんなことになってしまいました」

 元の世界の話から今回起こったことまで、全てを話した。

「ふむふむ、なるほどなるほど。元恋人というのは嘘だろうが、それ以外の事情については本当のようだね」

 嘘をたやすく見抜かれた! さすが天才少女だ。

「やはり、俺が過去の俺を殺したことで、今漫画やアニメで大流行のバタフライ・エフェクトとやらでこの世界がこんな風に荒れ果ててしまったのでしょうか……?」

 今大流行とは言ったものの、この“未来”においても流行しているのかはわからない。

「いいや、これはバタフライ・エフェクトなんて大げさなものじゃあない。この世界がこうなってしまったことと君のセルフ殺人の因果関係はハッキリとしていて、かなり直接的に結びついているからね」

「というと……?」

 過去の俺が死んだだけで世界が荒れ果ててしまう原因とはなんなのだ?

「私が君と知り合わず、君に付き合ってクソみたいな発明品を作ることがなくなったから、私はその時間を使って核兵器を超える大量破壊兵器を作り上げてしまったのさ! そしてそれが戦争で使用されて、このザマだよ!」

 な、なるほどー!

「そうか! 博士の夢は核兵器を超える大量破壊兵器を生み出して人類の歴史を終わらせることですもんね! なーんだ、この世界をこんなにしたのは博士だったんですか!」

「そういうこと! ちょっと本気出したらこんなことになっちゃったよね! ちなみに大量破壊兵器による環境汚染が著しく、数日後には地球は人類の住めない環境になって人類は滅亡します! わはははは!」

「わっはっはっはっは!」

 荒れ果てた世界に2人の笑い声が響く。たとえ2人が知り合わなかった世界だったとしても、ひとたび会話を交えれば……ふたりは、ともだち!!!!

 数日後、人類は滅亡した。

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