第4話 女湯を覗く。

 俺の名は太宰治! この物語の主人公だ!

「幼女博士! 幼女博士!」

 ドンッと勢いよく研究室のドアを開けると、そこには白衣を着た幼女がいた。

 彼女は俺の声を聞くと「きゅるんっ」というかわいらしい擬態語と共にこちらへと振り返った。

「なんだい?」

 まぶしいほどの美少女が返事をした。彼女こそが幼女博士。天才美少女発明家である。

「幼女博士! 俺は、女湯を覗きてえ!」

 ダイナミック・犯罪宣言!

「おっけー! この天才工学系美少女、高村アインシュタインにおまかせあれ!」

 何の疑問も差し挟まず勢い良く返事した彼女の名は高村アインシュタイン。幼女博士の本名である。

 彼女は早速何か変な薬物を混ぜ始めた。

 ゴポポポ……ゴポッ。ドンッ!

 ビーカーの中の液体が化学反応でなんか沸騰したり爆発したりしてる。

 (ここから)錬金術。さまざまな金属を生み出す研究を行う化学の一分野であり、宗教色の強かった当時の科学を宗教と切り離し近代科学の礎になったとも言われる学問である。金属を生み出す化学的側面と、賢者の石やホムンクルスなどの生成を目指す神秘的側面があり、博士が修めているのはもちろん前者である。しかし、博士の科学力は神秘の領域にまで至っていたのだ。(ここまで読み飛ばした方がいい)

「できた! 至高の霊薬、エリクシール!」

 パッパラパパパパーン!(発明品ができあがったときのファンファーレ)

「透明人間になるための薬っすか!? よっしゃあ! 透明になったら博士にもイタズラしまくりますわ!」

「相変わらず君は有害という概念が服を着て歩いているみたいな存在だねえ。そういうところ嫌いじゃないけど」

 博士に呆れられつつも、速攻ガブ飲みした。

「何も……起きない?」

 透明にならなかった。

「詐欺か!? 消費者庁に訴えるぞ!」

「まあまあ。ちょっと待ってればわかるよ」

 そういうと博士は自信ありげにニヤリと笑った。

「女湯、女湯だああああ!」

 俺は博士の言葉にテンション爆上がりして叫んだ。しかし、それからしばらくしても、薬の効果は現れなかった。


 〜1万年後〜


「アア……ア……」

 俺は茫漠たる砂漠地帯にいた。というか、陸地のほとんどはいまや砂漠だったし、俺以外の生命は皆滅んでしまった。なぜ滅んだのかは、もう覚えていない。戦争、たぶん、何か大きな戦争で凄まじい破壊兵器が使われて全てが壊れた、んだったかな。

「ア……ア……」

 なぜ俺だけが生きているのか。ここはどこなのか。俺は誰なのか。過ごした時があまりに永すぎて、もう何も覚えていなかった。

「ハカ……セ……」

 自分で呟く単語の意味も、もうわからない。ハカセ。博士。大切な友達だったような気もするし、俺に死ねなくなる薬を飲ませたのも大量破壊兵器で世界を滅ぼしたのもすべてこいつであり諸悪の根源だったような気もするが、よく覚えていない。

「オン……ナユ……」

 オンナユ、と呟くと胸が締め付けられるような感覚がして、自然と涙が零れた。オンナユ、それはとてもとても大切なものだった気がする。俺はそれを目指していて、それを見ることだけが望みだったが、今は失われてしまって、もう決して見ることは叶わない。そんな、儚い存在だったような気がするのだ。

「オオオ……オオ……!」

 砂漠に慟哭が響き渡る。反応は何も返ってこない。この世界にはもう、俺以外に何もなかった。


 1億年後、地球に再び生命が誕生した。俺の身体はもう風化して砂になっていたが、それでもなお俺は死なず、意識だけがあった。砂となった俺の身体の粒子が風に吹かれて世界中を漂い、俺は地球と一体となって世界を見守る神のような存在になった。

 それから26億年後、四肢を持ち性差のある動物が生まれる。

 さらに4億年経ち、ホモ・サピエンス(人間)にそっくりな生物(ヒト、と呼ぼう)が地上に現れ、彼らの繁栄が始まった。

 30万年経つと彼らの生息分布のうちのとある一地域の一国の文化に「風呂」が生まれる。その後ヒトは羞恥心を覚え、ついに風呂は男湯と女湯に分かれた。女湯が、再びこの世に現れたのだ。

「あれ? 胸大きくなった?」

「ちょっとだけねー」

 そんな会話の聞こえる女湯に、さわやかな風が吹いた。

『オン……ナユ……』

 音にならぬ意思が女湯にこだました。数十億年経ってようやっと、女湯を覗きたいという俺の願いは叶ったのだ。

「ん? 何か言った?」

「え、何も言ってないよ」

「あれ……わたし、なんで……」

 女湯の女たちの目からなぜか涙が溢れていた。

 彼女たちはその場で跪き、天を仰ぎ、数十億年の想いに祈りを捧げるのだった。




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