第5話 はかキャン。ゆるふわキャンプライフと人喰い虎について

 山中。夜になって辺りはすっかり暗くて静かになったけど、薪がパチパチと燃えてキャンプの周りだけは明るい。

 焚き火のかたわらで、幼女博士がコーヒーを飲んでいた。

「ふう〜、たまにはこうしてひとり山の中で過ごすのもいいね」

 意外な趣味だ。インドア派だと思ってた。

「そろそろ寝るかなー」

 博士は焚き火を消して、テントの中に入る。辺りは真っ暗になった。

 あ、申し遅れました。太宰治と申します。本日は優雅に草むらから幼女ウォッチング。多分合法です。合法であってほしい。

 この山には人喰い虎が出るという噂があり、ちょっと心配なので付いてきたという向きもある。

 そろそろ寝たかな……少し時間が経ち、博士も入眠したであろう頃に俺は動き始めた。

 できるだけ音を立てないよう草むらから出て、博士のテントに向かう。別に乱暴しようってんじゃない。ちょっと寝顔を拝んで、ほっぺにチューさせてもらおうってだけさ。ギリ合法。多分。バレなければ合法と言ってもいいんじゃないかな。

「お邪魔しま〜す……」

 博士のテントの中に入った、そのときだった。俺の足をトラバサミが挟み込み、鋭い刃が俺の足に食い込む。トラップだ!

「あぎゃッ!」

 俺の声に反応し、博士がすかさず枕元にあったクロスボウを手に取り、俺の肩に矢を撃ち込む!

「ぐあッ!」

 痛みにさらに声を上げる俺。しかし、痛みだけじゃない……なんだか、身体が痺れて、意識が朦朧と……

「あー、熊か何かだと思って強めの毒を塗った矢を撃ってしまったよー。人間だったかー」

 博士の声がする。トラバサミを外され、俺を荷台の上に載せてどこかへ運び始めた。

 ここは……山の中の湖の前。俺は荷台から降ろされた。

「ごめんねー。解毒剤を打っておくから、明日の朝には動けるようになると思うよ。この辺なら朝通る人に見つけてもらえると思うから、助けてもらってね。あ、あとこれお詫び」

 そう言って博士は俺の肌に何かを塗りたくり始めた。

「これ、甘い樹液。ヘラクレスオオカブトとか近づいてくるから捕れると思うよ。一攫千金!」

 いやベタベタして気持ち悪いし、こんなん塗ったら昆虫まみれになるだろうが。ウシジマくんの処刑方法か。ふざけるな。

 そう文句を言おうとするも、身体が痺れて喋れない。博士は立ち去り、俺の意識もだんだんと薄れてきた。

 薄れゆく意識の中、獣の咆哮が聞こえる。嫌な予感がする。何かが近づいてくる。これは、もしかすると、人喰い……虎……


 目が覚めた。喉が渇いた。水を飲もうと湖に顔を近づけると、俺の顔が水面に反射する。

 俺は、虎になっていた。

 なぜ俺が虎に? 臆病な自尊心か? 尊大な羞恥心か? 寝ている幼女のほっぺにチューをブチかまそうという心の有り様が獣そのものだとでも言うのか?

 ……いや、違う。思い出した。俺は元々虎だった。そもそも人間では、なかった。先ほどまでのは、人間になる夢だったのだ。

 たくさんの人を喰らううちに、だんだん人という生き物が好きになっていた。人になりたかった。喰らう以外の方法で、人と繋がりたかった。

 だからただ一瞬、人間である夢を見た。太宰治という人間になる夢だった。夢の中で俺は人から愛されることはなかったが、人を愛することはできた。穏やかで、良い夢だった。現実の俺は、どうしようなく虎だ。人に憧れ、人を知りたくて、人を裂き喰らう愚か者。

 全てを悟ると、俺は2、3度咆哮し、日常へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼女博士 ボトムオブ社会 @odio

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ