第12話

 その夜、俺は宿の談話室でアンジュ、クリスの三人で雑談をしていた。

 残りの三人は盗賊団に傷付けられた馬車の修理で外に出ている。旅の演奏家は基本的に儲からないので、こういった事も基本的には自分たちで何とかしてしまうらしい。


 ちなみに俺は怪我をしているので待機、アンジュとクリスは俺のお守りだ。

 怪我と言っても骨が折れたわけでも多量の出血があった訳でもないのだが、二人が甲斐甲斐しく世話してくれるのが何とも恥ずかしい。何となく、中学生の時怪我で入院した病院の看護師のお姉さんがすごくタイプだった時の事を思い出していた。あの時と何も変わってないな……。


 そんな二人は、無様にも足を引っ張ってしまい落ち込む俺を必死で励ましてくれていた。

 色んな言葉でヨイショしてくれてるけど、その気遣いが逆に切ない。


「そういえば私が追い付いた時、あの盗賊団、仲間内で何だか揉めていたみたいだけど、何かあったの?」

「ああ、あれは……うん。言った方がいい……?」


 乗り心地が悪すぎてゲロを吐いたとは言い辛いので出来れば伏せておきたいんだけど、変に含みを持たせてしまった為、二人は興味津々と言った表情で続きを促してきた。

 美人二人にじいっと見つめられ、俺は色んな意味で頬を赤くしながら経緯を話した。


「ま、まあ、ある意味うまく足止めしたとも言えるわよね!」

「セージさん、流石です!」


 当然の事ながら引きつった笑顔で偽りの褒め言葉を頂いた。

 そんな中、雑談の途中で俺はふと気になっていた事を聞いてみた。


「それにしても、アンジュってめちゃくちゃ強いんだな」

「あー、うん……。まあ、家の方針で何でも覚えさせられたから、その名残っていうか……」

「へえー。それであんなに見事に動けるのか」

「まあ、一応は役に立ってるけど……」


 アンジュは一瞬だけ顔を曇らせると、少しだけ言いにくそうにそう答えた。何とも歯切れが悪い。

 ”家”の事で何か複雑な事情があるのだろうか。

 とにもかくにも、明朗快活、容姿端麗、教養があって運動神経も抜群とは……神はとんでもない存在を創り上げたもんだ。


「へ、へえー!すごいな!そそそれに座長もめちゃくちゃな強さだったし……びっくりしたよ!」

「あはは……そうですね」


 絶望的な程下手くそな話題転換に踏み切った俺に、クリスが苦笑しながら合わせてくれた。ええ子や……。


「そういえば座長は昔、傭兵稼業のような事をしていたって聞いたわ」

「そうですね。私も詳しくは知らないんですけど、相当な使い手としてその界隈ではすごく有名だったみたいですよ」


 何か予想より遙かに凄そうだった。

 しかし、アンジュもクリスもあまり詳しい事は知らないようだ。彼女らもそれなりに長く旅をしてきたらしいけど、それでもお互いの過去に関しては関与しないのだろうか。


「そういう話になると、座長はそれとなく話題を変えるというか、触れさせてくれない気がするんですよね。わたしの気のせいかもしれないけど……」

「それ、分かるかも」


 俺の心の内を知ってか知らずか、クリスはそう呟きアンジュもそれに同意した。

 彼らの関係には何だか妙な違和感を感じる。当然それが何なのかは分からないので、一先ず置いておくしかなさそうだけど。


 その時、宿のドアに繋がれた鈴がチリンと鳴り、座長たちが帰ってきた。

 思ったよりも早いお帰りだ。


「あっ、皆お帰……り……?」


 すぐに立ち上がって三人を笑顔で迎えたアンジュだったが、その言葉が尻切れになって疑問形で終わる。

 何かあったのかと俺が振り返ると、そこには座長たちの見知らぬ男が二人立っていた。

 片方は街で見かけた衛兵と同じ格好だったが、もう一人はまた違った雰囲気の装いだ。一言で言うと、執事っぽい。いや、むしろ執事だ。

 執事は一歩前に出て、ポカンとしている俺たちに向かって優雅に一礼した。


「初めまして。私はシュルーズ領が主、アルノール・シュルーズ候に仕えております、ファビアンと申します」

「はあ……これはご丁寧に……」


 つられて礼を返した後、事情が呑み込めずにマクレインを見ると、彼も困ったような顔で笑っていた。ちなみにシルさんも似たような表情で、ローディだけがとても不機嫌そうな顔をしていた。衛兵がやたらビクビクしてるなと思ったらあんたのせいか。



 執事のファビアンさんの話によると、先ほど俺たちが撃退した盗賊団は元々この街の貧民街の生まれで、それなりに名の通った不良集団だったらしい。

 それがいつしか過激な行動に出る事が増え、今回の事件に至ってしまったようだ。


 平和に見えたこの街も、裏では貧困に喘いでいたり、不満を燻らせている人間がそれなりにいるって事か。


「それを厳しく取り締まってこなかった事が此度の暴挙を招いてしまったと、主は大変に悔いておられます。付きましては、詫びと礼を兼ねて皆さまを明日の晩餐に招待するよう仰せつかって参りました」


 座長は「恐れ多い」とか言ってやんわり断っていたが、執事さんもやたら押しが強い。ファビアンさんにしても領主から命じられている以上簡単には引き下がれないだろう。

 結局相手の顔を立てる事にしたのか、最終的にマクレインは招待を受けた。明日の昼過ぎに迎えの馬車が来る事になった。


 聞けばその間に馬車の修理や整備もやってくれるらしいし、俺としては何をそんなに不満がるのだろうか。”貴族”というものがどんな暮らしをしてるのかという純粋な興味もあったりするけど、とにかく悪い話だとは思わない。

 なぜか微妙な表情をしている皆が気になったが、とにかく明日は貴族のお屋敷にレッツゴーだ。

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異世界で奏でる協奏曲(コンチェルト) マスオカヨースケ @tyanpon2

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