理由
moes
理由
「え? 何がダメって?」
ゲームに熱中していて聞き逃した。
隣で床に寝そべって本を読んでいる姉に聞き返す。
「あ、聞いてた?」
意外そうに本から顔をあげる。なんだ。
「独り言?」
「なんで兄弟じゃだめなんだろうねって」
軽く話がかみ合ってない気がするのは、おれだけですかね。
まぁ、いつものことか。
「だから何が?」
ゲームをキリがついたところでセーブし、電源を落とす。
「恋愛、っていうか結婚」
「そりゃ、ダメだろ」
ぽそり、と呟かれた言葉を半分反射で否定する。
また、わけのわからないこと言い出したな。何読んでるんだ、今。すぐ影響受けるんだから。
小学校で習ったじゃないか。三親等以内の血縁との婚姻は不可って。理由はなんだっけ? 遺伝子上の不都合?
「だって、イザナギイザナミも兄妹だったじゃない?」
読みかけの本を伏せて反論してくる。っていうか、それ反論になってないだろ。
呆れたように見つめると、再度口を開く。
「アダムとイブだって神様から作られたってことで兄妹みたいなものじゃない?」
あれは兄妹っていうより父娘じゃないのか? アダムの骨を基に作られたんだっけ? ともかく。
「両方と神話だろ。作り話」
「キリストだって人類皆兄弟って言ってるし。なら人類皆、兄弟結婚してることになるし。汝の隣人を愛せって」
それ、キリストが言ってたのか? っていうか、曲解にも程がないか。おまけに話が逸れてるぞ。
もの言いたげなこちらの視線をしっかり感じ取ってくれて、姉貴はダメ押しに続ける。
「だって平安時代とかって普通に兄妹婚あったんでしょ?」
確かに、異父母兄妹とかではあったみたいだけどさぁ。
「いろいろ間違ってる気はするけど、だからなんなワケ? 関係ないことだし。食い下がることじゃねぇし」
実際身近で考えるとありえなくないか?
普通に仲は良いほうだとは思うけれど、結婚っていうか恋愛は考えられないワ、さすがに。姉貴とは。
「好きならしょうがないって思わない?」
今日はしつこいなぁ。いつもだったら適当に飽きるのに。何読んで引っかかったんだか。
伏せてあった本に手をのばしタイトルを確認する。
うん。いや、別におれの部屋から勝手に本持ちだすのは良いけどさ。これ、兄弟関係なんにも出てこない本じゃないか。その上、恋愛も絡まないミステリーだ。
「充、聞いてる?」
「んー」
これって結末どうなったっけ?
後半部分をぱらぱらめくる。久々読み直そうか。
「だから、好きだって言ってるんだよ」
ちょっと怒ったような目が、こちらを見つめる。
は?
「姉貴?」
「何度も言わせないで」
好きって、言ったか? 誰を? おれ?
顔が、近い。見慣れた黒目がちの瞳とか、潤んでてきれいに見える。
やばいって。おれ、ありえないってさっき思ったところだろ。
一歩、座ったまま後ずさる。
「あ、姉貴、彼氏いるじゃん」
何ヶ月か前、駅で偶然会って紹介された。
仲良さげにしてたじゃないか。
「別れた」
ふて腐れたように、ソファに体をうずめる。
ちょっと距離が取れたことにほっとする。
「なんで」
「だから」
おれを好きだとか言うのは却下だからなっ。
空気を読んだのか、姉貴はため息をつく。
「だから、アンタと仲良いのがおかしいって。仲良すぎるって。普通、高校生にもなって姉弟で一緒にいたりしないって」
あぁ、まぁそうかもな。おれのトモダチとかでも、姉貴ウザイ、とか良く聞くし。おれもたまにめんどくさいヤツだなぁとか思うしな。
ただ、一緒にいてもお互いそれほどジャマくさくなくて、楽な部分もあったりするし。
「普通って何よ、って感じしない? 私にとってはこれが普通なのに、向こうの普通に勝手に当てはめないでよねって言ったら」
このヒト、一見おとなしそうだけど、人に指図されるの大キライなんだよな。
今までかぶっていた猫がはがれて喧嘩になったってことか。馬鹿馬鹿しい。
「言ったら?」
「さっさと弟離れしないと。って。弟とは結婚できないんだよ、って。ばっかじゃないの。ホントに。ありえないっ。充と結婚? 絶対ゴメンだわっ」
ばんばんとクッションをたたく。
……オネエサマ、大変気が合いますね。おれも今改めてそう思ったところですよ。
気の迷いで流されなくて良かった。あぶねぇ。
「で、充」
「……なに」
もうどうでも良いというか、なんでも良いというか。
ぐったりした気持ちで返事をする。
「お手軽に流されすぎ。そんなんじゃ、カノジョ出来ても押されっぱなしになるよ?」
心配だわ、と言いたげな顔。
姉貴見てると女の子に過剰な希望持とうなんて思えなくなるよ。おかげさまで。
「気をつけるよ」
反論しても無駄な気がして、とりあえず弟らしく素直に肯いておく。
姉貴も、もう少し猫うまくかぶり続けないと同じことの繰り返しになるぞ。とも言わないでおいてやろう。
今のところは。
理由 moes @moes
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