役づくり監獄でスマート脱出する方法

ちびまるフォイ

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牢獄にあるのはベッド、トイレ、洗面台。

そして、キャラの説明書だった。


「いいか。ここでは自分のキャラ役になりきるんだ。

 完璧にキャラへなりきったとき、お前はここから出られる」


「なんかそういう映画あったな……」


「監獄実験と一緒にするな。これは実験ではない。社会構成プログラムだ。

 言っておくが、妙な気は起こすなよ」


「はいはい」


牢獄の中にある俺の役割の説明書を開いた。


――――――――――――――

あなたは悪役になってください。


・どんな悪いことも行う

・暴力も振るう

・でも下品な言葉遣いはしない

・残虐な性格です


<過去>

幼いころ両親から虐待されたストレスがあり、

子供のころに同級生の骨を折ったことが問題になっています。


非行少年ではないですが、凶行を平然と行う危うさがあります。

真面目で、異常な悪役になってください。


安易な「ヒャッハー系」ではないです。

――――――――――――――


その後も、辞書ほどに分厚い説明書は役の説明を続けている。

ここから出るために役を徹底しなくちゃいけないのでしっかり読み込んだ。


「俺は悪役……俺は悪役……俺は悪役……」


自分の本当の過去も人格も忘れ、別のキャラになりきることに決めた。



「全員、出房!! 食事の時間だ!!」



監獄にとらえられていた人達は管理者の言葉で食堂へ誘導された。

食事は意図的にトラブルを作らせるためか、個人個人でラインナップが異なり、量もまちまち。


「俺は悪役……俺は悪役……こういうときはどうするか」


説明書の人間だったらどうするか。

俺は隣にすわる男の手の甲にフォークを突き立てた。


「ぎゃあああ! な、なにするんだよぉ!」


「ごめん。君の皿のハンバーグが食べたかったんだ」


役になりきれば不思議と罪悪感はない。

手を抱えながらもんどりうつ人を見ても平気だ。ハンバーグおいしい。


「うぇ、うええええん!!」


男は子供の用に泣き始めた。

そのわざとらしさから、彼の役回りが泣き虫役であるのと、まだ役になじんでないことがわかる。


「ひぇーー。お前さん、すごいねぇ」


ふと見ると、正面に男が座っていた。


「お前のキャラってなんなの? フォーク刺すキャラ? 暴力系?」


役を崩すわけにいかない。

こいつの言葉に乗ってしまったら、役になりきれず脱出が遠のく。


「なにいってるの?」


「とぼけんなよぉ。みんな自分の監獄に役説明書があるんだろ。

 俺ちゃんは、真面目な委員長タイプらしいけど、バカバカしくてやめたんだ」


「ふぅん」


「ここじゃみんな役になりきってる。バカバカしくてこっけいだ。

 なぁ、教えてくれよ。あんたの役はなんなんだ? ん?」




「食事の時間は終了だ!! 全員、戻れ!!」


管理者の言葉でこんなにも救われた気分になったのは初めてだ。

独房に戻ると、説明書をまた読み込む作業に戻る。


遠くの房ではさっきの男がまた別の人に役を聞いてる声が聞こえた。


「なぁ、お前の役ってなんなの? 教えてくれよ、なっ?」


 ・

 ・

 ・


翌日。朝食の席であの男はいなくなっていた。


気にはなるが、俺の役的にほかの人に話しかけるわけにいかない。


「なぁ知ってる。昨日、よくない行動をした男が粛清されたらしいぜ」


別のテーブルでは昨日おとなしかった人がうわさを広めている。

そういうキャラなんだろう。昨日はまだ役が浸透していなかったんだ。


粛清――。


役にそぐわない行動をし続けると消されてしまうのか。


「ちょっとそこ! うるさいわよ!!」


今日から新しい人員が追加され、昨日の男と同じ役割「委員長」を担っていた。

食べ終わると、自分の役にそって管理者の命令を無視して自分の独房に戻った。



それからしばらくすると、役が下手な人も自分の役になりきり、監獄は多種多様な人間が集まる場所になっていた。

その中で俺は異端なものとして扱われていた。


「またお前か!! 同じ監獄の仲間の指を折るなんて、どういうつもりだ!!

 それも見せつけるように、1本1本折りながら悲鳴を聞かせるなんて!!」


「そいつはほかの人に嫌がらせしていたんです。因果応報ですよ。

 それに、悲鳴を聞かせた方がほかの人が同じことをやらなくなるでしょう」


「お前、この間は独房の柱に人間をくくりつけて放置したり……何が目的だ!」


「唾液でどこまで鉄が錆びるのか試したいだけです」


「お前ほど意味が分からなくて、怖い人間は初めてだよ」


管理者の言葉に心の中でガッツポーズを取った。

監獄の誰もが俺の役に恐れているし、俺自身ももう骨身にしみ込んでいる。


ここから出られるのも時間の問題だ。


それでも、いつまでたっても監獄からは出られなかった。


「くそっ……どうなってる! まだ俺の役が不十分なのか!!」


説明書も読み込んだ。独房の誰よりも役になりきっている。

なのにどうしてここから出られないんだ。


「まさか……ここから一歩踏み出さないとダメなのか……!?」


今までは役に沿って、役が取りそうな行動を取っていた。

同級生の骨を折った経験から骨を折ってみたりもした。


でも、エスカレートはしていない。

あくまで説明書の範疇でしか行動していなかった。


「やるしか……ない!」


役のスイッチを全開にして、トイレを詰まらせた。



「おい!! 便器にトイレットペーパー以外を入れるんじゃない!

 いったい何を考えているんだ!!」


管理者がすっとんできて、破られた説明書で詰まったトイレを見た。

すぐにつまりを取ろうとした瞬間、俺は管理者の頭を水の浮かぶ便器に突っ込ませる。


「ゴボゴボ!! ゴボボボボボ!!」


手足をばたつかせてもがく男。

格子の隙間からほかの人も俺の凶行に言葉をなくす。


「どうせ後で僕の行動の理由を尋ねるだろうから先に言うよ。

 人を殺すってどういうことなのか試したくなったんだ」


「ボボボ!! ゴボボボボ!!」


めちゃくちゃに暴れる管理者の上着がずれると肩甲骨の間にバーコードが見えた。


「これは……」


わずかに力が緩んだ瞬間、男は顔をあげた。


「げほっ! げほげほげほっ!! 何するんだ!」


「背中のバーコード。いったいどういう意味だ?」


「バーコード?」


男は確かめようとするも、自分では確かめられない。


「バーコードならお前にもあるじゃないか」


管理者は俺の背中に指を差した。

いつ背中に印字されたのかわからないが、なんとなく意味はわかった。


「あんた管理者じゃないのか……!?」


「なっ、なにをいっている!! 私はここの管理者だ!! ふざけるな!」


汗がどっと出ているのがわかる。彼も役なんだ。

バーコードは誰が何の役をやっているのかの識別用。

ここに管理者は誰もいない。



監獄はふたたび静かになった。



「もうここから出られないじゃないか……」


役になりきれば出られると言っていた管理者も、所詮は役だった。

この監獄に本物の管理者は誰もいない。


俺がどれだけ役に徹底したからといって、それを判断する人はいない。

だから今まで誰も監獄から脱出できなかったんだ。


「いや……ちがう……まだ出る方法はあるじゃないか」


俺のアイデアは翌日の食堂で披露された。


「なぁ、お前のキャラってなんなの? 教えてくれよ!」


「なんですかあなたは! 席につきなさい!!」


女は委員長よろしく叱りつけるように拒否をする。


「それもキャラなんだろ? 役なんだろ? なぁ! なぁ!!」


「お前いい加減にしろ!」


管理者の役の男がすぐさま俺を抑えた。

誰もが昨日の凶行と、おちゃらけた今日の俺とのギャップに驚いている。


「みんな、いつまで役になりきってるんだ! ここからはどうせ出られないんだぜ!!」


俺は役を捨ててめちゃくちゃに騒いだ。

その日の夜、俺の独房が静かに開けられた。


寝たふりをしていた俺は準備していた通りに、開けた男にタックルを噛まして馬乗りになった。


「来ると思っていた!! 役を捨てれば粛清に来るからな!!

 粛清するのは役の管理者じゃできない! そうだろ! 本物!!」


「ははは、見事だよ。恐ろしいね君は……」


「お前……」


本物の管理者の顔には見覚えがあった。

なぜなら、最初に役で話した人間がこいつだったから。


「私が粛清されたとなれば、みんな役になりきってくれる。

 私が最初に消える必要があったんだよ」


「そんなことはどうでもいい!! 早くここから出せ!! 逆らえば殺す!!」


「わ、わかった……。プログラムはまだ途中だが……」


「早く!!!」


監獄の下水道から外に続く道を経て、ついに地上に戻ってこれた。


「ああ、これで自由だ! なにもかも! 俺は俺自身でいられる!!」


自分が自分になれることの喜びを感じる。


「人にはそれぞれ生まれてきた意味と役割がある。それに気づいてくれればいい」


「何言ってる」


「風呂に入ればわかることさ」


管理者はそれだけ言い残して去っていった。

たしかに下水を通って来たので体からはものすごい匂いがする。


近くの銭湯に入り脱衣所で管理者の言っていた意味が分かった。


「そんな……!」


誰もが背中にバーコードが印字されている。

多種多様な役回りでみなそれぞれ生活していた。

入り口にはバーコードリーダーさえ設置されている。



ピッ。



『危険系ナ役ノオ客様ハ、ゴ入場イタダケマセン』

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